“アルゼンチンのトランプ氏”右派のミレイ氏が新大統領に就任 ミレイ氏とは? 混迷するアルゼンチン経済を救うことはできるか?

中南米
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DavidによるPixabayからの画像

 11月19日に行われた南米アルゼンチンの大統領選挙で、53歳の極右独立候補、ハビエル・ミレイ氏が決選投票で勝利した。

 一方、前アメリカ大統領のドナルド・トランプ氏は、ミレイ氏の勝利を喜び、「アメリカを再び偉大にする」という自身のスローガンを引用しつつ、ミレイ氏が「アルゼンチンを再び偉大にする」と述べたことで称賛する1

 選挙は、アルゼンチンのインフレや経済危機の不安が高まる中で行われる。そのようななか、ミレイ氏はリバタリアン(自由至上主義者)であり、中央銀行の廃止などを公約に掲げ、変革を求める有権者から支持を得た。

 ミレイ氏は12月10日に大統領に就任。そして、政府は自国通貨ペソを対ドルで54%切り下げると発表した。ミレイ氏は数十年来のアルゼンチンの経済危機からの脱出を公約にしており、この措置は「経済的なショック療法」の一環だと主張する2

 2019年以降、アルゼンチンは通貨の動きを厳しくコントロールし、人為的なペソ高を維持してきた。それにより非公式通貨市場では米ドルの需要が高まり、ペソは公式レートよりも低いレートで取引されるように。

 昨年、アルゼンチンでは物価が約150%上昇し、高騰が続く。また、現金準備金の少なさや政府債務の増加、あるいは40%の国民が貧困線以下で生活するなど、さまざまな困難に直面する。

 他方、国際通貨基金(IMF)はアルゼンチンへの440億ドルの融資を行っており、通貨切り下げを「大胆な措置」と評価、民間セクターの成長を促す環境づくりに役立つと述べる。

 一方、ミレイ氏が掲げる通貨ペソ廃止による経済のドル化や中銀廃止といった極端な政策については、法的な手続きが必要になるものの、新政権を支える与党は議会では少数派に留まり、その実現性は不透明だ。

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ミレイ氏とは

 ミレイ氏は、「政界のアウトサイダー」を自認。選挙戦では、歳出削減の意味を込めて集会でチェーンソーを振り回し、「チェーンソー候補」の異名をとった3

 選挙期間中は、日本のアニメを活用。 選挙中のミレイ氏のX(旧ツイッター)の投稿には、決めぜりふの「自由万歳だ、この野郎!」の文言とともに、漫画「ドラゴンボール」の主人公、孫悟空に扮したミレイ氏が、当時の閣僚や大統領選の候補者に対し、必殺技「かめはめ波」を撃とうとしている画像も登場。

 あるいは、アニメ「チェンソーマン」のポチタというキャラクターの人形を掲げていた4

 経済危機にあるアルゼンチンでは貧富を問わず、市民に大きな怒りや失望が渦巻く。右派の前政権と左派の現政権で経済が悪化。インフレで年末に食費を払えるかもわからない恐れもあった。異なる二つの政治勢力に希望が見いだせない時に、ミレイ氏のような「第3の候補」に支持が集まるのは必然なことであっただろう。

 ミレイ氏は、父親はバスの運転手、母は専業主婦という中流家庭に生まれた。父親の家庭内暴力や学校でのいじめに直面して難しい青年時代を過ごす。プロサッカーチームのユースに所属し、ゴールキーパーとして将来を嘱望された時代も。しかしあごの骨折などもあり、大学への進学を決断した。

 1993年にベルグラノ大学の経済学部を卒業した後は、経済学者として活動した。テレビ番組への出演で知名度をあげ、2021年に下院議員に転じたばかり5

「中央銀行廃止」「通貨のドル化」はどうなる?

 一方、ミレイ氏は選挙期間中、通貨のドル化や中央銀銀行の廃止を主張してきた。就任演説で、ミレイ氏は、

「(左派の)前政権は我々をハイパーインフレに向かわせ、インフレ率は年間1万5千%に達する可能性がある。大惨事を避けるために全力を尽くす」

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と主張。

 しかしながら、大統領選に当選したのちは、これらの政策に向けた具体策についてほとんど言及していない。

 一方で、ドル化や中銀廃止というミレイ氏の主張について、ブエノスアイレス大のガブリエル・プリチェリ教授(政治学)は日本経済新聞の取材に対し、

「当面は放棄して、現実的な政策に転じたのだろう。ただミレイ氏自身は諦めておらず、固執しているようにも思える。『捨てた』と判断するのは早計だ。将来的にドル化や中銀廃止に動く可能性は残っている」

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と述べた。

 12月10日にミレイ氏に指名されて中銀総裁に就任する見込みのサンティアゴ・バウシリ氏は8日、 

「私がそこにいる限り、中央銀行は閉鎖しない」

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とした。

 一方、南米ではパナマ、エクアドルやエルサルバドルがドル化政策を採用している。第一生命経済研究所の西浜徹氏は東京新聞の取材に対し、

「これら経済規模の小さい国々とは異なり、南米2位のアルゼンチンが金融政策を放棄するのは現実的ではない」

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とみる。

経済危機

 とはいえ、ミレイ氏の勝利は長引くアルゼンチンの経済危機に由来する。直近のアルゼンチンでは、年間のインフレ率が140%を超え、5人に2人が貧困に苦しんでいる状況。そしてアルゼンチンの首都ブエノスアイレスでは、記録的な物価高が市民の生活に大打撃を与えている。食料品や飲料の価格は、この1年で2倍以上上昇した10

 またアルゼンチンは過去にネオリベラリズムの悪影響に苦しめられており、その再来は避けたい。

 1989年にメネム政権が発足した当初、アルゼンチンは異例の4923%というインフレ率に陥る。同時に、新自由主義政策の下で、鉄道、電話、通信、石油、電力、軍需、製鉄などの主要な国営部門の民営化が進められていった。

 国営企業が民営化される前に、約35万5千人の従業員がいたが、国営部門に残ったのは約6万5千人であり、残りの約28万人が退職することに(ただし、そのうち約11万5千人が同じ産業部門で再就職できた。)

 同時に、解雇保障の義務を伴わない試用期間を定めた雇用やパートタイム雇用を法制化し、短期雇用を奨励することで、雇用は数字的には拡大したものの、実際には職業とは言えないような仕事(行商や車の窓ガラス拭き)で生計を立てる人々も増え、スラム街の拡大につながった。

 このような就労状況の中で、犯罪件数はその10年間で2倍に増え(約105万件)、新自由主義に反対する運動も盛んに展開されるように。

 最終的には2001年、アルゼンチンは経済大危機に見舞われ、国民は銀行口座からお金を引き出せなくなるなどし、あるいは多くの犠牲者を出すデモが起きる。当時の大統領は辞任する際に、大統領府からヘリコプターで脱出せざるを得なくなった11

 そのような事態の再現は避けたいのが現状だ。

  1. BBC NEWS JAPAN「アルゼンチン大統領選、極右の独立候補が勝利 中銀廃止を公約」2023年11月23日、https://www.bbc.com/japanese/67471046
  2. BBC NEWS JAPAN「アルゼンチン、通貨ペソを大幅切り下げ 「経済のショック療法」と新大統領」2023年12月13日、https://www.bbc.com/japanese/67700299
  3. CNN「既存政党をぶった切る「チェーンソー」候補 アルゼンチン大統領選」2023年10月2日、https://www.cnn.co.jp/world/35209764.html
  4. 河崎優子「アルゼンチン大統領に「変人」 PR戦略に日本のアニメ好き側近の影」朝日新聞デジタル、2023年12月11日、https://digital.asahi.com/articles/ASRD87KVXRD8UHBI01J.html
  5. 日本経済新聞「アルゼンチン次期大統領ミレイ氏、異端の自由至上主義者」2023年11月20日、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN202ZM0Q3A121C2000000/
  6. 軽部理人「アルゼンチンでミレイ大統領就任 ドル化や中銀廃止の主張、影潜める」2023年12月11日、https://digital.asahi.com/articles/ASRDC2QBRRDCUHBI006.html
  7. 日本経済新聞「アルゼンチン大学教授、ドル化・中銀廃止「当面はない」」2023年12月13日
  8. ブラジル日報「《アルゼンチン》中銀新総裁「私の任期中は閉鎖しない」=ドル化も明言せず」Yahoo!ニュース、2023年12月12日、https://news.yahoo.co.jp/articles/915c78ee4669391ed81469d955cb66eb5852669b
  9. 岸本拓也「「アルゼンチンのトランプ」がぶった切ろうとしている「中央銀行と自国通貨」 何が起こる?そもそも可能?」東京新聞、2023年11月22日、https://www.tokyo-np.co.jp/article/291457
  10. 西原なつき「ネオリベラリズム再来のアルゼンチン。新大統領ハビエル・ミレイ氏就任」ニューズウィーク日本版、2023年12月11日、https://www.newsweekjapan.jp/worldvoice/nishihara/2023/12/post-14_1.php
  11. 西原なつき、2023年12月11日
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