Rosy / Bad Homburg / GermanyによるPixabayからの画像
近年、日本の政治では「身を切る改革」というスローガンがとくに支持を集めている。日本維新の会などが掲げる議員定数の削減は、政治の無駄を省く象徴として受け止められてきた。生活負担が増す中で、政治家も痛みを分かち合うべきだという主張は感情的には理解しやすい。
しかし、政治改革を単なるコストカットとして捉えることは、民主主義の根幹である代表制の意義を見失う危険も伴う。
要約
日本の政治で支持を集める「身を切る改革」は、議員定数削減論を通じて政治の無駄を省く姿勢として受け止められてきた。しかし、国際比較では日本の議員数は人口比で主要国より著しく少なく、これ以上の定数削減は代表制の包摂性を損ない、国民と政治の距離を広げる危険がある。
一方で、日本の議員報酬は国際的に高水準で、「少数・高コスト」の構造が政治参加の多様性を阻んできた。問題の本質は支出の多寡ではなく、代表制と報酬制度の設計にある。
記事のポイント
- 「身を切る改革」は支持を集めるが、議員定数削減は民主主義の包摂性や代表性を弱める危険がある。
- 日本の議員数は国際的に見て既に少なく、一方で報酬は高水準の「少数・高コスト」構造にある。
- 真の改革は削減ではなく、報酬体系・手当・議会活動の透明化による代表制の質の向上である。
Summary
In Japanese politics, “self-sacrificing reforms” have gained support as a stance to eliminate waste in politics through arguments for reducing the number of Diet members. However, international comparisons show Japan’s number of Diet members per capita is significantly lower than major countries. Further reductions risk undermining the inclusiveness of representative democracy and widening the gap between the public and politics.
Meanwhile, Japanese lawmakers’ salaries rank high internationally, and this “few representatives, high cost” structure has hindered diverse political participation. The core issue lies not in the amount of spending, but in the design of the representative system and its compensation structure.
Translated with DeepL.com (free version)

議員定数の削減は効率化のように見えるが、民主主義の包摂性を損なう可能性が高い。国際比較では、日本の議員数は人口比で主要先進国より少なく、すでに「少数の代表者による政治」が行われているという指摘も1。これ以上の削減は、国民と政治との距離を広げ、地域の声やマイノリティの意見を制度的に弱める結果を招くだろう。
一方、日本の議員報酬は国際的に見て高水準で、そして少数の議員に報酬が集中する「少数高給制」となっている。このことにより、政治参加の多様性を阻害させ、政治を過度にエリート職化させることで、国民との心理的距離を拡大させてきた。
問題は国会議員選手にともなう代表制の設計そのものにある。真に必要な政治改革は、単なる削減ではない。議員数を減らすのではなく、役割と責任に応じた報酬体系の見直しや、議会活動の透明化によって代表制の質を高めることが求められる。
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欧州の半分以下 数字で見る日本の議員定数の現実
日本の選挙では、「議員定数や報酬の削減」を掲げる政党や候補者が、ほぼ毎回のように登場し、一定の支持を集めてきた。しかし国際比較のデータに目を向けると、日本の議員数は人口規模に対して、むしろ著しく少ない水準にあることが分かる。
OECD加盟38カ国を対象とした「人口100万人当たりの国会議員数」の比較によれば、日本は36位、すなわち下から3番目に位置する2。
