世界各国で、SNSの利用を「個人の自由」に全面的に委ねる時代が終わりつつある。オーストラリアやフランスでは、未成年のメンタルヘルス保護を目的に年齢制限や利用時間規制が議論され、アルゴリズムが生み出す依存を招くシステムを公衆衛生の問題として捉える動きが広がっている。
要約
世界各国で、SNSのアルゴリズムが生む依存や若年層への心理的影響を公衆衛生上の問題と捉え、年齢制限、利用時間規制、透明性義務化など政府関与による管理が進んでいる。
一方で「アルゴリズムを鍛える」といった個人的な努力論は確かに重要であるが、強力なSNSのアルゴリズムには、歯が立たないようになってきた。
未成年保護の観点では、親子の対話を基盤とするペアレントコントロールが理論的に有効とされるが、日本では監視が重要視されて、十分に機能していない。
さらにSNS問題の核心は広告表現そのものではなく、未成年の認知的未熟さを前提に報酬ループを形成するプラットフォーム設計にあり、未成年マーケティングとして再定義する必要がある。
SNS規制論は、子どもを”市場化”せず保護対象と捉える価値観への転換を目指す公共的介入として位置づけられるべきだ。
記事のポイント
- SNSについては個人の自己管理では限界があるとの認識から、各国で公共的管理・規制が進んでいる。
- SNSの「アルゴリズムを鍛える」という個人的努力論は、日々変化する強力なアルゴリズムと、複雑化する情報環境の中では限界を示している。
- 未成年者保護については、親子の対話を基盤とするペアレントコントロールと、未成年者マーケティングや中毒性設計そのものに介入する制度的対応が不可欠である。
Summary
Governments worldwide are increasingly regulating social media platforms through measures like age restrictions, usage time limits, and transparency requirements, recognizing the addiction and psychological impact on young people generated by social media algorithms as a public health issue.
While personal efforts like “training algorithms” are certainly important, they have become increasingly ineffective against powerful social media algorithms.
From a minor protection perspective, parent controls grounded in parent-child dialogue are theoretically effective, but in Japan, surveillance is prioritized, leading to insufficient implementation.
Furthermore, the core issue with SNS lies not in advertising content itself, but in platform designs that exploit minors’ cognitive immaturity to create reward loops. This necessitates redefining it as minor marketing.
The debate over SNS regulation should be positioned as a public intervention aiming for a shift in values—one that views children as subjects of protection rather than commodifying them.
Translated with DeepL.com (free version)

SNSが単なる通信手段を超え、社会の情報流通や世論形成、政治参加にまで影響を及ぼす基盤的インフラとなったのは間違いない。一方で、利用者の注意を引きつけるよう設計されたアルゴリズムは、過剰使用や心理的依存を生み出してきた。
とりわけ若年層では、評価や承認が即時的な報酬として作用し、睡眠障害や抑うつ、自己肯定感の低下といった問題が顕在化している。これらはもはや個人の自己管理では対処しきれない、社会構造的リスクである。
こうした認識のもと、各国では政府が関与する「利用の公共的管理」が模索されている。オーストラリアの親同意制度、フランスの利用時間規制、EUによるアルゴリズムの透明性義務化はいずれも、SNSを私的なサービスではなく公共空間として扱う発想に基づいている。
教育現場でもデジタル・リテラシーの強化が進み、これらの政策は自由を制限するためではなく、公共の安全を確保するための新たな規制哲学を示している。
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「アルゴリズムを鍛える」という幻想――個人的努力の限界と規制の必然性
一方、「アルゴリズムを鍛える」といった言葉もある1。この言葉はただはSNSの運用や情報リテラシーに関心の高い一部の層だけで広まり、多くの利用者にとってSNSは、流れてくる情報に反応するだけの受動的なメディアにとどまっている。しかしそのことが問題なのだ。

