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米連邦大陪審は、1日、2020年の大統領選挙で敗北した結果を覆そうと画策し、2021年の連邦議会襲撃事件を引き起こした罪で、共和党のトランプ前大統領を起訴した。
トランプ氏は、国家を欺こうとした罪や、選挙結果を認定する公的手続きを妨害した罪など4件で起訴される1。
起訴状によると、トランプ氏は2020年11月の大統領選挙において不正がないと知りながら、虚偽の選挙不正を繰り返し主張。
側近の弁護士ら6人と共謀し、バイデン氏に敗れた西部アリゾナ州や南部ジョージア州など、計7州の高官や議員、連邦議会で選挙結果の認定作業を担うペンス前副大統領に対し、選挙結果を覆すよう要求したという。
さらに2021年1月6日には、ペンス氏に圧力をかけようと、支持者らに議会へ向かうよう扇動。暴徒化した支持者らが議会に乱入した事態を「悪用」して、選挙結果の認定手続を妨害した。
トランプ氏らは、先の7州で偽の大統領選挙人を組織したほか、司法省に選挙不正に関する捜査をさせとうともいていたという。検察は、6人の共謀者に関しても捜査を継続している。
トランプ前大統領をめぐる事件4つ・疑惑2
1.「口止め料」の支払い
かつて不倫関係にあった元ポルノ女優に13万ドルを支払った疑い
2.機密文書持ち出し
大統領退任時に、ホワイトハウスからフロリダ州の自宅に機密文書を持ち帰った疑い
3.2020年大統領選挙の結果を認めず、集計や確定の手続きを妨害
大統領選に敗れたトランプ氏が選挙不正を主張し、バイデン氏の大統領就任手続きを妨害した疑い。2021年1月6日連邦議会襲撃事件が起きる
4.2020年の大統領選の集計作業介入
大接戦だったジョージア州で、バイデン氏の勝利を覆そうと集計作業に介入した疑い
アメリカ民主主義の危機 中国の台頭 ロシアのウクライナ侵攻を許す
アメリカは、18世紀の建国以来、激しい政争や選挙戦に加え、南北戦争という内戦を経験しながら、権力の移譲についての仕組みづくりや、参政権の拡大を進める。
アメリカの民主主義は、「世界で最も古い成文憲法」といわれる米合衆国憲法に基づき、試行錯誤を繰り返しながら、歩んできた。トランプ氏の試みは、その根幹を揺るがしかねない。
いずれにしろ、”トランプ政治”の下、アメリカの対外イメージは深く傷つく。
実際に「米国衰退論」に拍車をかけ、ロシアや中国の台頭を許した。議会襲撃事件のおよそ半年後、混乱のうちにアメリカはアフガニスタンから駐留米軍を引き上げるなどのバイデン大統領の”失政”も重なり、アメリカは、
「退却モード」にある(カール・ビルド元スウェーデン首相)
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との見方も。ロシアのウクライナ侵攻も、その延長線上にあるのだ。
ロシア研究の大家アンジェラ・ステント米ジョージタウン大名誉教授が、
「米国が終末期にある」
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というような認識をロシアのプーチン大統領に抱かせ、ウクライナ侵攻の呼び水となった。
トランプ氏は、これまで3度にわたり起訴されているが、アメリカの識者らは今回の起訴が最も深刻と訴える。
米紙ニューヨーク・タイムズ紙のピーターベイカー記者は、「議会における暴力につながるような偽りと脅迫を入念に計画することで権力を保ち続けようとしていると非難され、議決によって退任に追い込まれた」大統領は、建国以来一人もいないと書いている5。
だが、政治的分極化が進む米国政治において、そもそもトランプ前大統領の支持者はトランプ氏が「正しいことをした」という認識が揺るがない。
トランプ氏への支持は一層高まり、献金も増え、共和党の「トランプ党」化はますます進む。
トランプ氏の側近、ペンス氏 重要証拠を提出か
今回のトランプ氏の起訴でカギを握るのが、副大統領であったマイク・ペンス氏であるという。
ペンス氏は、起訴を決めた大陪審に証言をしたとみられ、起訴状にはトランプ氏との、当時の生々しいやりとりが記載されていた。
「結果を変える権限が私にはあると思えない」
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2020年12月25日、クリスマスの日に私用の電話で大統領選の結果の確定を拒否するよう求めたトランプ氏に対し、ペンス氏はこう答えたようだ。実際、起訴状には、正副大統領しか知り得ない会話の内容を含まれていた7(7)。
副大統領は、上院議長も兼ね、大統領選の選挙結果を確定させる手続きで重要な役割を果たす。起訴状によると、その後もトランプ氏は選挙結果を不正に覆すためにペンス氏に直接、圧力をかけ、これに対し、
「副大統領は抵抗した」
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との記載がある。
ペンス氏はこれまで、議事堂襲撃事件を調査した下院特別委員会に対しては、証言はしていなかった。しかし、今回の起訴を決めた大陪審の前では証言をしたとみられ9、それは検察側の起訴内容の重要な部分に占める結果としてあらわれている。
ペンス氏は、トランプ氏が起訴されたあとの8月1日、
「今日の起訴は、憲法よりも自分自身を優先するような人物は決して合衆国大統領になってはならない、という重要な注意喚起となる」
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との声明を出した。
そのペンス氏は、共和党から次の大統領選への立候補を表明しており、共和党内の指名候補争いのトップを走るトランプ氏に対し、”立ち向かう”姿勢を見せる。しかし、その姿勢に対し、共和党内で同調する者はいない。
議会襲撃に居合わせた警官、4名が自殺
議会襲撃事件をめぐっては、その場に居合わせ対応にあたった4人の警官が自殺している。
事件で対応していた議事堂警察の中で、身体的もしくは精神なトラウマなどを負った警官も140人近くいることもわかっており11、事件の凄惨を際立出せる。
議会襲撃事件のあった3日後には、51歳の警官が自殺。同年1月15日には、12年にキャリアをもつ警官も自殺している。同7月10日と、29日にも自殺者が発見された12。
自殺と議会襲撃の因果関係を示す証拠は明示されてはいない13。しかし議会下院が同7月に事件調査のために設置した特別委員会では、対応に当たった警察官4人が、暴徒化したトランプ支持者に襲われた惨状を証言。
それによると、支持者に押しつぶされそうになり、
「銃を奪われ射殺されると思った」
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などと語り、心に傷を負い、カウンセリングに通っている警察官もいたことが分かっている。
また同6月に下院がまとめた報告書によると、議会当日にクマ撃退スプレーで襲われた男性警察官が、翌日に脳卒中により亡くなっていた。
今年7月5日時点の司法省による集計によると、事件をめぐり少なくとも1069人が訴追され、561人前後に対し量刑が言い渡され、353人前後が禁固刑となっている15。
襲撃に加わった者の中には、反社会性の強い勢力も多くトランプ氏の「軍隊」を自任する極右組織プラウド・ボーイズというグループが、「全面戦争」に臨むとし、準備を進めていた16。
なお、事件は現職の大統領が敗北直後に平和的に権力の移行の阻止を図ったアメリカ史上初の事態とされる。
- 西日本新聞「議会襲撃トランプ氏起訴」2023年8月3日付朝刊、1項
- 中井大助「トランプ氏選挙結果ねじ曲げ画策か」朝日新聞、2023年8月3日付朝刊、3項
- 川北省吾=共同「前大統領起訴 浸食される方の支配」西日本新聞、2023年8月3日付朝刊、3項
- 川北省吾、2023年8月3日
- サラ・スミス「【解説】 トランプ前大統領の3度目の起訴、なぜこれまでより深刻なのか」BBC NEWS JAPAN、2023年8月3日、https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-66391474
- 合田禄「元側近ペンス氏、重要証拠を提供か」朝日新聞、2023年8月3日付朝刊、9項
- 合田禄、2023年8月10日
- 合田禄、2023年8月10日
- 合田禄、2023年8月10日
- 合田禄、2023年8月10日
- 安部かすみ「警官が2人も自殺していた ── 議事堂乱入事件、その後」Yahoo!ニュース、2021年1月28日、https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/50d048045ee69f3b376343aa6a2f23bcde7ea731
- 吉田通夫「首都ワシントンの警察官が自殺 連邦議会襲撃対応で計4人に」東京新聞、2021年8月3日、https://www.tokyo-np.co.jp/article/121614
- 吉田通夫、2021年8月3日
- 吉田通夫、2021年8月3日
- ワシントン=共同「占拠数時間 1000人超訴追」西日本新聞、2023年8月3日付朝刊、3項
- 共同、2023年8月3日