「ジェンダード・イノベーション」、注目 ジェンダード・イノベーションの例 性差、フェムテック

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StockSnapによるPixabayからの画像

 「ジェンダー・イノベーション」という言葉が最近注目を集めている。

 この概念は、「ジェンダード」という「性差に基づく」という言葉と、「イノベーション」、つまり知的な創造や技術の進歩を意味する言葉が組み合わさったもの。米国のスタンフォード大学のロンダ・シービンガー教授が2005年に提唱した。

 これまでの科学や技術の研究は、ほとんどが男性を中心に行われてきた。その結果、女性にとって不利な影響が多く生じてきた。

 たとえば、車の衝突試験で使用されるダミー人形は、男性の体型をモデルにしいた一方、女性の人形は平均的な女性の体よりも小さい。さらに、ドライバー席のダミー人形が男性のみであったため、実際の事故では女性ドライバーの方が重傷を負う確率が47%も高いと報告されている1

 また3点式シートベルトは妊婦の流産リスクを高める可能性も指摘されていた2。そのため、多様なダミー人形を開発し、衝突実験に活用することで、自動車の安全性向上が期待されている。

 ジェンダー・イノベーションは、性差の問題を否定するのではなく、積極的に解決しようとする考え方。つまり、性差を考慮した研究や技術開発を行うことで、新たなイノベーションや発見が可能になるという考え方だ3

 この概念は、従来のジェンダー研究が社会全体の問題をジェンダーの観点から探求するのに対し、科学や技術の研究や開発など、意識されてこなかった分野に焦点を当てている。

 また、科学や技術の分野では、ジェンダーを考慮することが慣れていないため、ジェンダー研究の専門家との協力が重要視されている4

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ジェンダード・イノベーションの例

 最近、ジェンダード・イノベーションに関する国際的なプロジェクトが、科学、医療、工学、環境など分野で進行中だ。これらの分野における様々なケーススタディが、スタンフォード大学のウェブサイト5や欧州委員会の報告書6で紹介されている。

 科学分野では、動物実験において、メスの性周期がデータに変動をもたらすため、オスが主に使用されてきた。しかし、痛みの研究では、オスだけでなくメスを使うことで、性差が痛みの回路にあることが明らかになっている7

 医療分野では、薬の代謝や効果、副作用に男女差があるというが、ほとんどの薬は男女同様に処方されており、その結果、女性に副作用が出るリスクが高まっている。この問題は、薬の開発段階で主に男性を対象にしてきたことが原因8

 しかし、男女両方を対象にすることで、性別に合わせた治療法や投薬が可能になる。また、病気の発症や症状、治療法にも男女差があり、性差医学や性差医療の分野が発展している。

 工学分野では、顔認証の精度に性別や人種による差異があることがわかっている。さらに、女性や肌の色が濃い人の誤認識率が高いことが特に顕著だ9。しかし、一部の企業では、機械学習のデータセットを見直すことで、この問題に対処し、精度を大幅に向上させている10

 あるいは、バーチャル・リアリティを使用する際、女性の方が2倍以上の不快感症状を示すことがあるという11。これは、視覚系と平衡感覚をつかさどる前庭系の相克が原因とされ、女性の方がより敏感に反応する可能性がある。

 なお、女性は乗り物に酔いやすい傾向もあるが、そのメカニズムの解明やバーチャル・リアリティのプロトタイプの開発やテストにおいても女性の参加が重要という。

性差

 一方、ジェンダー(性差)は英語だ。一般的にジェンダーは、生物学的な性差(セックス)に付与される社会的・文化的性差をいう。

 では、社会的・文化的性差とはどうことか。例えば、ジェンダーは、「男性だから・女性だから」という前提があり、それぞれの社会や文化から規定され、表現され、具体化される特定の姿を意味する。

 これは、ファッションの服装や髪型から言葉遣い、職業の選択、家庭や職場での役割や責任の分担にまでおよび、さらには人々の心の在り方や意識、考え方、コミュニケーションの仕方にも反映される12

 他方、最近では、「性差医療」という言葉が注目されている。たとえば、女性に特有の病気が起こりやすい時期があることが分かっている。

 女性に多い微小血管の狭心症は46~50歳に集中している。これは女性の更年期の時期とほぼ重なる。更年期とは、閉経に向けて女性ホルモンが急激に減少する時期をさす。実は、女性は、女性ホルモンが激減する更年期以降、さまざまな病気のリスクが高まることが分かっている。

 女性ホルモンは卵巣で作られているホルモンで、その役割は卵子を成熟させ、育てること。しかし、それだけではない。女性ホルモンは女性の健康を守るのに重要な役割を担っている。

 また、女性ホルモンの減少は、骨の内部にも大きな影響を与える。古い骨を溶かす破骨細胞の働きが過剰になり、骨がどんどん溶かされ、骨粗しょう症になるリスクが高まる。他にも肥満、糖尿病、認知症など、さまざまな病気のリスクが一気に高まると言われている。

 今、性差医療の新しい挑戦が日本で始まっている。女性ホルモンの減少という特別な事情を抱えた女性たちの健康を守るため、アプリが開発された。女性外来を訪れた3万人分の受診データを入力。統計解析し作られたもので、更年期の女性のさまざまな症状をもとに、隠された病気のリスクを予測することができる13

フェムテック

 フェムテックとは、女性の健康をサポートする商品やサービスのことを指し、性差医療とともに注目を浴びている。2021年の新語・流行語大賞にもノミネートされた。

 「フェムテック」という言葉は、Female X Technologyの造語であり、従来の「テック」とは、AI(人工知能)やアプリなどが関連するイメージがあるが、フェムテックはそういった技術が必須ではない。フェムテックは、女性の健康に貢献するものを指し、技術的な側面よりも「女性のための」という側面が強調されている。

 たとえば、生理周期を管理するためのアプリや、最近急増しているデリケートゾーン専用のソープ、吸水性ショーツなどがフェムテックの一例だ。あるいは、技術的要素が少ない商品やサービスを指す「フェムケア」という言葉も、最近聞かれるように。

 女性の健康についての話題は、これまで生理や更年期など特有のものは、公に話すことやケアすることがタブー視されてきた。その結果、自分のデリケートゾーンを見たり、腟(ちつ)に触れたりしたことがない女性も多くいる。

 この考え方には、性別に関する社会的な差異や背景が影響しており、すぐに変わることは難しい。しかし、最近ではフェムテックや女性の活躍、多様性の推進によって、状況が大きく変わりつつある。

 かつて女性は家事、育児、介護などを主に担ってきたが、今や結婚や出産、そして仕事も女性自身が選択する時代になっている。個々の女性が自分の健康を管理しながら、自分らしく生きていくことができるようになっている。その手助けの一つがフェムテックだ。

 「フェムテック」という言葉は2013年にドイツの起業家アイダ・ティン氏が提唱14。この言葉によって市場が形成され、多くの企業が参入し、新たなビジネスを始めた。調査会社CB Insightsによれば、2025年までにこの市場は500億ドル(約6.5兆円)に達すると予測されている。

 日本でも関連する企業が増えており、経済産業省も2021年度から補助事業を始めるなど、世界の動向に合わせて展開されている。

  1. Bose, D., & Segui-Gomez, M. (2011) Vulnerability of female drivers involved in motor vehicle crashes: an analysis of US population at risk. Am. J. Public Health. 101: 2368–2373.

    Bose, D., & Segui-Gomez, M. (2011) Vulnerability of female drivers involved in motor

  2. 佐々木成江「ジェンダード・イノベーション」ジェンダード・イノベーション研究所、お茶の水女子大学、https://ocha-igi-mag.jp/articles/gendered-innovation/
  3. 佐々木成江、ジェンダード・イノベーション研究所
  4. 佐々木成江、ジェンダード・イノベーション研究所
  5. http://genderedinnovations.stanford.edu/
  6. Gendered Innovation, 2013、https://op.europa.eu/en/publication-detail/-/publication/d15a85d6-cd2d-4fbc-b998-42e53a73a449、Gendered Innovation2, 2020(https://research-and-innovation.ec.europa.eu/news/all-research-and-innovation-news/gendered-innovations-2-2020-11-24_en
  7. Dance, A. (2019) Why the sexes don’t feel pain the same way. Nature. 567: 448-450.
  8. Zopf, Y. et al. (2008) Women encounter ADRs more often than do men. Euro. J. Clin. Pharmacol. 64: 999-1004.
  9. Buolamwini, J., & Gebru, T. (2018). Gender shades: Intersectional accuracy disparities in commercial gender classification. Proc. Mach. Learn. Res. 81: 77-91.
  10. Raji, I. D., & Buolamwini, J. (2019). Actionable auditing: investigating the impact of publicly naming biased performance results of commercial AI products. Proceedings of the AAAI/ACM Conference on Artificial Intelligence, Ethics, and Society.
  11. Munafo, J. et al. (2017). The virtual reality head-mounted display Oculus Rift induces motion sickness and is sexist in its effects. Exp. Brain Res. 235: 889–901.
  12. 与那嶺涼子「性差:ジェンダーとセックスの違い」内閣府、https://www.cao.go.jp/pko/pko_j/organization/researcher/atpkonow/article070.html
  13. NHK健康ch「性差医療 男女の体はどうしてこんなに違う?その秘密は女性ホルモンにあり!?」2023年4月28日、https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_1533.html
  14. 北奈央子「フェムテックとは? 注目の理由、課題を基本からわかりやすく解説」朝日新聞SDGs ACTION、2023年5月9日、https://www.asahi.com/sdgs/article/14613844
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