【有料記事】久米宏と『ニュースステーション』――日本型テレビ報道の功罪 「私は素人ですから」 久米宏の〈わかりやすさ〉は何を削ぎ落としたのか 

テレビ
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 しかしその独自性は同時に、テレビというメディアが内包する構造的な欺瞞を体現するものでもあった。結局のところ彼の掲げた「自由な言論」は、巨大な報道機関に守られた範囲内で成立する〈演出された自由〉であり、現場型ジャーナリズムとは異なる文脈にあった。

 久米の語りの核心にあったのは、「私は素人ですから」1という戦略的自己演出である。久米の姿勢は、専門的議論を「わからない」と切り捨て、複雑な問題を「わかりやすい物語」へと翻訳することで、ニュースを視聴者の共感空間へと変換した。一方でその「わかりやすさ」は、報道の知的精度を犠牲にし、多面的な事実や、構造的課題についての分析力まで削ぎ落とした。

 そもそも、最終的に久米が守ったのは、高視聴率と広告収入を生み出す「テレビ朝日」という企業体である。これは、久米の個人的な恩義から生まれたというよりも、テレビ朝日の商業主義的体質に由来する。

 テレビ朝日は伝統的にスポンサー依存が強く2、だからこそ『ニュースステーション』の時代から現在の『報道ステーション』に至るまで、視聴率優先の報道が生まれる理由となったのだ。

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ニュースはいつから娯楽になったのか 久米宏が作ったクリックされる物語としてのニュース

 『ニュースステーション』は、従来の「権威的で淡々とした報道」に代わり、報道を「見せる舞台」へと変えた。模型やBGM、照明を用いた演出によってニュースを「体験させる」手法を導入し、視聴者はニュースを娯楽として受け取るようになった。

1欧米では、BBCの王立憲章やUSAGMのファイアウォールに象徴されるように、報道部門を政治・商業的圧力から切り離し、編集権限をインハウスで厳格に管理する仕組みが確立されている。 2久米宏は確かに、日本の報道番組に新しい「語り」の形式をもたらした存在である。 3『ニュースステーション』は、従来の「権威的で淡々とした報道」に代わり、報道を「見せる舞台」へと変えた。 4模型やBGM、照明を用いた演出によってニュースを「体験させる」手法を導入し、視聴者はニュースを娯楽として受け取るようになった。

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  1. 木村 隆志 : コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者. 「『ザ・ベストテン』を超える番組はない」「報道番組を変えた」 久米宏さんの番組はなぜ”伝説”となるのか…令和の番組にない「決定的なもの」. (2026). Retrieved 30 January 2026, from https://toyokeizai.net/articles/-/930016
  2. 死去の久米宏さん、Nステ平均視聴率14% ニュース番組に革命起こす 報道姿勢に功罪も. (2026). Retrieved 30 January 2026, from https://www.sankei.com/article/20260113-X5V4ZDYKWBGIXE32PKN74V454M/
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