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また一つ、「偉大なるアメリカ」を象徴するものが終わりを迎える。「史上最高のアメフト選手」といわれる、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)のタンパベイ・バッカニアーズ所属のQB(クォーターバック)、トム・ブレイディ選手が(44)が現役の引退を表明した。
ブレイディは、NFL入団時はまったく期待されてはいなかった。しかし、2001年のシーズン第2戦において当時、レギュラーQBだった選手が命にも関わる大けがをし、急遽、出場。その試合には敗れたものの、以後、あれよあれよという間にチームは快進撃を進め、NFLナンバー1を決める「スーパーボウル」を当時史上最年少で制覇。
以後、一つのチームにおけるスーパーボウル制覇回数が6回のなか、ブレイディは在籍2チームで7度の勝利を記録。
2連覇がかかった今シーズンも順調にチームをプレーオフまで導いたものの、惜しくも敗れ、このタイミングでの引退表明となった。
今後は、家族と過ごす時間を作るとともに、自身のNFTビジネスに取り組むと述べる。
トム・ブレイディとは
トム・ブレイディは、1977年生まれの44歳。カリフォルニア州に生まれた。2000年シーズンから、2019年シーズンまでボストンに拠点を置くニューイングランド・ペイトリオッツに所属、その後、FAにより現役最後の2シーズンはタンパベイ・バッカニアーズに所属。
NFLを代表する選手であるとともに、米国ではマイケル・ジョーダンなどを上回る「アメリカ史上、最も偉大なアスリート」と評されることもある。
経歴
2000年のドラフトにおいて、6巡・全体199位で指名を受ける。ただ、特に高い評価を受けることはなかった。
あるレポートによれば、「貧相な体格で、細く痩せこけており、機動力とラッシュをかわす能力を欠いていて、強肩でもない」と記載されていた。
しかし、プロ2年目に転機が訪れる。エースQBが強烈なタックルを受け、胸部内出血の重傷を負い、バックアップとして、出場。その試合には、敗れたものの、そのシーズンにてチーム初のスーパーボウル制覇に導く。
以後、負け越したシーズンは一度もなく、QBとしてリーグ史上最多の17度の地区優勝、14度のカンファレンス(リーグ)制覇、QBとして最多となる7度のスーパーボウル制覇と5度のスーパーボウルMVPを獲得。
特に、プロ入団の年と同時にヘッドコーチに就任したピル・ベリチックとともに以降、「ペイトリオッツ王朝」と呼ばれる一時代を築いた。さらに、2000年代には、多くのライバルのカリスマ的QBとともに、NFLを盛り上げた。
しかし、近年では、同世代であったQBらが続々と引退。一つ下の世代のQBも引退していく若返りが進むなかで、44歳までプレーしていたブレイディは、もはや「孤高の人物」であり続けた。
選手としての特徴
試合中では、最近の日本のプロ野球選手にも見られるような、天気や時間帯を問わず、目の下に黒いペイントをしている。
攻撃中、スナップを受けてからパスを投げるまで、体を上下に小刻みに動かしてリズムをとるのが、何よりもブレイディの特徴の一つ。2010年3月には、トレーニングの一環としてボクシングを取り入れていたことが話題に。しかし、走力は低い方だ。
ラグビーとは、違いパスを前方に投げることができるアメフトにおいて、ブレイディはロングパスというよりも基本的に素早く短いパスを繋いでいくスタイルを取る。
ただ、長年のキャリアを通して、プレースタイルや傾向は大きな変化が見られた。特に以前に所属していたペイトリオッツでは、対戦チームにより攻撃手法を多く変更するスタイルを取っていた。
17年には、交友関係のあるメジャーリーグのアッレクス・ロドリゲスからイチローの携帯の電話番号を聞き出し、ストレッチや体調管理に関する方法をショートメールで送信。しかし、当時、イチローはブレイディの名前を知らなかった。ボストンを舞台とした「テッド2」にもカメオ出演している。
スポーツ界からはねぎらいの言葉
ブレイディの引退を受けて、スポーツ界からはさまざまな選手たちから、ねぎらいの言葉が相次ぐ。同じQBとして最大のライバル関係を築き、かつ友人でもあるペイトン・マニングは、「君とフィールドで戦えたのは名誉であり、特権だった」「最高レベルでこれだけ長くプレーできたのは、まったくもって信じられない」と称える。
あるいは、42歳の2010年までプレーし続けた伝説的QBのブレット・ファーブは、「史上最高の選手であり、謙虚かつ優雅にプレーした」と語る。
NBA(米プロバスケットボール)のマジック・ジョンソンは、ブレイディを「GOAT(Greatest of all time(史上最高)として記憶される」とコメント。
ほか、レブロン・ジェームス、マイケル・フェルプス、大坂なおみ、サッカー元ブラジル代表のカカらが、コメントを寄せた。
QBとは
クォーターバック(QB)とは、アメリカンフットボールにおける攻撃を指示するリーダー的役割の存在。いわば、「司令塔」だ。
ほとんどのプレーでボールに触れ、近代のアメフトではこのQBの出来が、チームの結果を左右する要因となる。よって、QBは、最も注目を集めるポジションだ。
QBは、各プレーの間に次のプレー内容を攻撃の選手に伝達し、まずボールを持つセンターの選手の両足の間からスナップされるボールを受け、ランプレーの際にはランニングバックにボールを渡し、パスプレーのときにはワイドレシーバーやタイトエンドなど、パスを受けることができる「有資格レシーバー」にパスを投げる。
また、機動力のある選手の場合は、QB自身がボールを持って走る場合もある。
アメリカンフットボールとは
アメリカンフットボールは、サッカーやラグビーと同じ「フットボール系スポーツ」に分類されるが、いくつかの点で異なっている。
第1に、対する2チームが、ボールを保持するオフェンスとディフェンス側に”明確に”分かれ、ゲームが進行。
第2に、ラグビーとの違いは、ボールのスタートラインから、”一度だけ”ボールを前方に投げることができる。
第3に、ラグビーがタックルされたらボールを離さなければならないのに対し、アメリカンフットボールは、タックルされ、地面に身体が触れた地点で、攻撃が終了、そしてその地点からの攻撃を再び繰り返す。
第4に、その攻撃を最大4回まで繰り広げることができる。
アメリカンフットボールの歴史
現在のアメリカンフットボールは、1874年にハーバード大学とマギル大学との試合に由来。米国でもラグビー方式のルールで試合が行われていたが、ボールの所有権などの曖昧さから、米国独自のルールが整備されていった。
その独自のルールとは、フィールドでプレーするのは1チーム11人(ラグビーは主に15人)、4回の攻撃で10ヤード進まなければ攻撃の権利を失う、センターからQBにボールがスナップされて攻撃が開始される、などがあった。
その後も、ラグビーにおける「スクラム」から「スクリメージ」への変更、「ダウン」制の導入など、独自の進化を遂げていく。
しかしながら、20世紀に入っても、大けがや死亡事故などがたびたび起こる。
一方で1910年ごろ、ノートルダム大学が、さまざまなパスプレーを繰り出し、それまでほとんどのプレーがラン攻撃だった戦術において、革命的な変化を与えた。
NFLとは
NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)は、メジャーリーグ、NBA、アイスホッケーとともに、いわゆる北米4大プロスポーツリーグのなかでも、最も人気が高いプロスポーツリーグであり、1試合の平均観客動員数は6万人を超える。
2019年シーズンの収益は約160億ドルであり、レギュラーシーズンがわずか17試合ながら、その収益はメジャーリーグなどをはるかに凌駕する、世界最大のプロスポーツリーグだ。実際に、2021年のスポーツ長者番付にでは、NFLの選手が最も多くランクインしている。
NFLの特徴として、徹底的な戦力と資金力の均等化が挙げられる。それにより、ある程度の戦力の平等とともにリーグの活性化を図る。そのようななかで、トム・ブレイディの戦績は抜きんでたものであり、まさに”異次元”の実力派選手であった。
NFLの歴史
1920年に「アメリカン・プロフェッショナル・フットボール・アソシエーション」としてスタート、当初は4チームであった。2年後の1922年に現在のNFLへと名称を変える。
しかしながら、過去にライバルとなるいくつものプロリーグが創設。なかでも、1960年代に存在したアメリカン・フットボール・リーグ(AFL)は最大のライバルとなり、1970年にNFLとAFLの両リーグが対等な関係で合併、現在にいたる。
32チームにより構成され、アメリカン・フットボール・カンファレンスとナショナル・フットボール・カンファレンスにそれぞれ16チームが所属。
さらに各カンファレンスは北、南、東、西の4つの地区に分かれ、それぞれ4チームが所属する。
レギュラーシーズンは9月から年明けの1月初旬、その後、ポストシーズンが行われ、2月にその年の優勝を決める「スーパーボウル」が行われる。
スーパーボウル
毎年、2月上旬の日曜日に開催され、当日は「スーパーボウルサンデー」とも呼ばれる。年間で、感謝祭についで2番目に食糧が多く消費されると伝えられる。
世界200以上の国と地域で生中継され、日本でも昨年までNHKBSで放送された。
近年はインターネット配信の影響により、視聴率は伸びやむものの、それでもその数字は常時40%超える。
たとえば、2020年シーズンの優勝決定戦の視聴率がワールドシリーズ(メジャーリーグ第6戦)6.8%、NBA(バスケットボール第5戦)4.8%、NHL(アイスホッケー第7戦)1.4%であるのに対し、スーパーボウルは41.6%であった。
そのため、テレビ中継時に流されるCM枠の価格もオリンピックを上回るほど高い。あるいは、Appleが1984年のスーパーボウル時に流したマッキントッシュのコマーシャル「1984」は、その芸術的な映像とともに伝説的なものとなった。
前半と後半との間に著名なミュージシャンを招いて披露される「ハーフタイムショー」も毎年、注目を集める。
NFLの課題 脳への影響
課題もある。とくに脳への問題は、大きく影を落とす。ウィル・スミス主演「コンカッション」でも描かれた。
「コンカッション」では、ある実在のスター選手の障害が描かれる。現役を引退後、50歳にも満たない年齢ながら、認知障害やアルツハイマー症候群、偏頭痛やイライラ、情緒不安定な精神状態となり、薬物中毒となり、結局、死にいたった。
検死の結果、脳が明らかに委縮しており、明確な脳障害が見られた。分かったことは、幼少期からの70000回を超える脳への衝撃によるものだとの結論であった。しかも、同じような症状で亡くなった選手が12名いたことが分かる。
このことは社会現象となり、米国連邦議会と裁判所も動き出し、当時のコミッショナーは何度も裁判所へ呼び出された。 最終的に、連邦議会はNFLに対し改善命令を出し、NFLは脳への影響を軽減する方針を決めた。
このような問題は、ルールの改正や練習中のロボットの導入などさまざまな形で改善には向かっているものの、まだ抜本的な解決にはいたっていない。
2011年には引退した5000人と超える元プレイヤーはリーグに訴訟を起こした。
ただ、このような脳への問題は、アメリカンフットボールに限らない。ラグビーやサッカーにおけるヘディング、さらにボクシングや柔道、相撲など多岐に及ぶとみられる。