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ビッグモーターによる保険金不正請求問題で、損害保険ジャパンは8日、適切な経営判断ができなかった責任をとり、白川儀一社長が辞任すると発表。
また親会社のSOMPOホールディングスは、グループのガバナンス体制が機能していたのかを検証し、今後の調査結果を踏まえて経営責任を明確化する。
白川社長は会見で、昨年の7月の時点で追加の調査を行わず、いったんは中止していたビッグモーターとの取り引きを再開した判断は適切でななかったとし、
「大きな経営判断ミスをしたことに責任を感じている。一日も早い私の辞任が必要であると決断した」
1
と会見で語る。
損保ジャパンはビッグモータの自主調査や独自に行なったヒアリングなどをもとに、ビッグモーター側の主張をほぼ鵜呑みにする形で、組織的関与はないと結論づけた。
そもそもビッグモーターにおける板金事業における水増し請求といった不祥事事案については、保険業法上の報告義務がない2。
損保ジャパンは昨年の時点では、監督当局に対する任意の報告であることを逆手に取り、最小限の説明で問題の幕引きを図ったとみられる。
損保ジャパンは過去にも不祥事を起こしていた。2005年9月には、損保16社による保険金の不当な不払いが大量にあったことが公表され、金融庁から業務改善命令の行政処分を受ける。
翌2006年には、保険金の不当な不払いや違法な勧誘などの問題があったとし、すべての店舗を対象の2週間の業務停止命令などの処分が下された。
その中でも山口支店は顧客名義の印鑑を大量に廃棄して証拠の隠滅を図ったとし、1カ月の営業停止命令を受けている。
当時の社長であった平野浩志社長は、最終的には辞職に追い込まれたがものの、ノルマ達成を社員に迫るメールを自分の名前で発信するなどの事実があったにもかかわらず、当初は自らは事件とは無関係として最後まで引責辞任を否定していた。
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損保ジャパンの歴史
損保ジャパン(損害保険ジャパン)は、2002年(平成14年)7月に「安田火災海上保険」と「日産火災海上保険」が合併してできた会社。同年12月には、経営再建中の「大成火災海上保険」を吸収合併している。
安田火災海上保険は損害保険会社の再編が始まる以前の1990年(平成2年)代まで、「東京海上火災保険」に次ぐ業界2位の損害保険会社だった。一方の日産火災海上保険は中堅の損害保険会社。
合併での損害保険ジャパン発足後も、しかし損害保険業界はさらに再編が進む。損保ジャパンも「東京海上ホールディングス」、「MS&ADホールディングス」との差を縮めるために、2010年(平成22年)に「日本興亜損害保険」と経営統合。
この経営統合により、持株会社「NKSJホールディングス」を設立し、その子会社となる。
2014年(平成26年)9月1日には損害保険ジャパンと日本興亜損害保険が合併。これにより、社名が「損害保険ジャパン日本興亜株式会社」となった。
しかし、「ジャパン」と「日本」といった同じ意味を持つ名詞が含まれていることや、「長すぎる社名」が問題となったため、2020年(令和2年)4月には「損害保険ジャパン株式会社」(2代目)へと商号が変更。
略称や英文社名、ホームページなどは初代の損害保険ジャパン時代に使用されていたものが引き継がれている。損保ジャパンは合併前の安田火災海上保険由来という、極めて強い営業力もつ。
自動車保険では日産グループとの協力関係が強く、強い代理店営業力もあり、大きなシェアを確保した。そしてみずほグループ系でもあるため、法人顧客も多い。
損保ジャパンは売上高は東京海上日動火災保険に次ぐ2位の位置。以下、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険、トーア再保険とつづく。
なお、損害保険は、一定の額の保険金が支払われる生命保険とは違い、損害額により保険金の支払い額が異なる「実損払方式」が中心。そのうち、個人向け保険に自動車保険や火災保険、地震保険などがある。
何が問題か 入庫誘導
ビッグモーター社と損保ジャパンの“癒着関係“は、旧安田火災時代だった1988年に始まる。ビッグモーターの保険代理店の登録や届け出を代理し、損保側の幹事社として「代理申請会社」を務めるようになったのが、損保ジャパンだった3 。
1997年にはビッグモーターの株式を取得。その後、ビッグモーターからの買い増し要請にも応じ、2016年まで保有した4。
ビッグモーターへの社員の出向も2004年に始める。2011年には、損保ジャパンに合流する旧日本興亜損保に兼重氏の長男である兼重宏一氏が入社した。のちにビッグモーターの副社長となる人物だ。
ところが、ビッグモーターは2014年より損保ジャパンへの優遇を見直していく。旧損保ジャパンと旧日本興亜が合併したことで、ビッグモーターが取り扱う自動車保険のうち、損保ジャパンのシェアが8割を突破した。
そこでビッグモータはー自賠責保険の損保各社への割り振りを行う。損保各社は、事故にあった保険契約者に修理工場の一つとしてビッグモーターを紹介していた。
工場からすれば、仕事が得られ、契約者も自分で工場を探す手間が省ける。こういった行為は業界では、「入庫誘導」と呼ばれる4。
ビッグモーターはこの仕組みを利用した。事故者の紹介の応じ、ビッグモーターで中古車を購入した人の自賠責保険を割り振る「配分ルール」を編み出す。
これには、他の損保の対し、もっと事故車を紹介してもらいたいという狙いがあったとみられる。
このことは、契約者本位とはいえない“グレー“な仕組みであるが、しかし業界トップの東京海上日動火災保険、3位の三井住友海上火災保険がこぞってこの入庫誘導に力を入れ始め、結果、3社の競争が激しさを増していく。
完全査定レス
しかし、損保ジャパンはこの競争激化というピンチを一層の“誘導強化“で乗り切ろうとした。それでも、他社の攻勢はやまず、30%を超えていた自賠責保険のシェアは20%台にまで下がった。
そこで損保ジャパンが目をつけたのが修理の査定であった。
そもそも保険を使った修理費がいくらになるのかを査定する際には、通常、「アジャスター」と呼ばれる損保の専門社員が工場を訪れ、見積もりが適正がどうかをチェックする。しかし、こうした手続きは一律ではない。
そして、損保ジャパンは修理工場を「S」「A」「B」「C」の四つにランク付けし、このうち「S」の一部には修理部分の画像と見積書の送付だけで済む「簡易調査」を認めていた。これは、
「保険会社と同程度の見積もり能力がある工場」
4。
との評価だからだ。損保ジャパン側は、これを「完全査定レス」とうたう4 。
そして2016年には、損保ジャパンはビッグモーターに対し、すべての工場が将来的に簡易調査の対象になるよう提案。結果、ビッグモーターの工場には「完全査定レス」の工場が広がっていった。
しかしながら、このことが不正の温床となってしまう。損保ジャパンは、自社と各工場の見積額にどれくらいの差があるのかを、定期的に調べていた。差が一定の値を超えれば、「問題あり」4となる。
ビッグモーターの工場は「問題あり」との評価が続き、本来なら簡易調査の対象から外さなければならない工場が続出した。2020年度には、32工場の8割が、2021年度にはすべての工場は「問題あり」とされた4 。
ビッグモーター側が請求してくる修理費の単価も急上昇。損保ジャパン社内では、「過大な請求ではないか」との疑念も浮かんだという。
朝日新聞の取材によると、損保ジャパンはビッグモーターに簡易調査の対象工場の見直しを打診したらしいが、ビッグモーター側の担当部長から「猶予期間がほしい」と言われ、それ以上、追及できなかったというのだ4。
- NHK NEWS WEB「保険金不正請求 損保ジャパン社長辞任 親会社経営責任明確化へ」2023年9月6日、https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230909/k10014189581000.html
- 中村正毅「保険の「不正請求疑惑」めぐり大手損保が大揺れ」東洋経済 ONLINE、2022年8月29日、https://toyokeizai.net/articles/-/614505
- 柴田秀並・女屋泰之「「完全査定レス」許した力関係 損保ジャパンが落ちた背信の「蜜月」」2023年9月12日、朝日新聞デジタル、https://digital.asahi.com/sp/articles/ASR9D527QR9CULFA03C.html?_requesturl=articles%2FASR9D527QR9CULFA03C.html&pn=
- 柴田秀並・女屋泰之、2023年9月12日