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北アフリカのリビア東部に甚大な洪水をもたした被害が発生してから、2週間が経過。被害の全容はいまだ見えず、汚染された水による疫病の感染拡大も懸念されている。
一方、被災者は、内戦による国家分断の状態が招いた「人災」であると、ひどい憤りを感じている。
洪水は、10日にリビア襲った大雨により発生。人口10万人の都市デルナの上流にあるダム2基が決壊して起きた。2基のダムは長年にわたり決壊の危険性が指摘されており、2012~2013年には改修の予算も確保されている。
しかしながら、内戦により改修は実施されず、結果的に放置されたままに。
世界保健機関(WHO)は22日、洪水の死者は4014人、行方不明者は8500人以上と発表。しかし、被害の全容を把握するのはまだ困難な状態だ。
さらに国連人道問題調整事務所などによると、避難者は4万3000人を超え、道路や橋の寸断により、支援物資の輸送も困難な状態に。
汚染された水で感染症を患った例も150件報告され、今後、急増するか可能性もあるという。内戦で仕掛けられた爆発物が散乱するおそれも指摘されている。
リビアは、2011年のカダフィ独裁政権の崩壊後、内戦状態に。国際社会が承認する西部の首都であるトリポリの暫定政権と、東部ベンガジを拠点とする「リビア国民軍」を主体とする東部の政権により、東西分裂状態となっている。
暫定政権は東部の支援を表明はしたものの、連携不足による復旧作業や援助は滞っている。さらにAFP通信によると、デルナでは被災者の抗議デモが起き、一方、東部政権は通信遮断で情報統制を図っている。
東西の両政権は、2020年に統一政権の樹立に向け、翌年の大統領選・議会選の実施に合意したものの、双方の主導権争いのため、実現の目途は立たないでいる。
また、ともに今回の洪水を理由に選挙をさらに先送りしようとし、分断が長引くとの見方もある1。
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フラッシュフラッド
今回、リビアを襲った洪水では、想定を上回る大雨によりダムが決壊し、市街地に濁流や土砂が流れ込み、さらに一気に流れが大きくなる「フラッシュフラッド」(鉄砲水)が起きた可能性が指摘されている。
さらに専門家は、地球温暖化が進むことにより、同様のリスクが増える可能性を指摘する。
世界気象機関(WMO)などによると、リビアでは11日朝までの24時間で、多いところでは400ミリを超える大雨となった。一方、被害の大きかったデルナには、街の中央を貫き、乾季にはほとんど枯れているワジと呼ばれる川がある。そこに今回、大雨が集中した。
アメリカの宇宙企業プラネット・ラボの衛星写真には、ワジの上流にあるダムが決壊し、濁流や土砂が市街地を襲った様子が写されている2。
一方、雨量や衛星写真を分析した京都大学防災研究所の角哲也教授(河川工学)によると、乾燥地特有の川や地形が影響し、短時間で河川が一気に増水するフラッシュフラッドと呼ばれる現象が起きた可能性があるという3。
乾燥地の地面は岩が多く雨水が地下に浸透しにくい特徴はある。一時的に水を地面に蓄える草木も少ない。
その場所に、1年間の雨量に相当するような大雨が1日で降ったことにより、周囲の雨水がワジに集まり、一気に水位が上昇して水害につながった可能性があるという。
また、こうした水が集まったダムも、フラッシュフラッドに弱い点があったと角さんは指摘4。衛星写真によると、決壊したダムは、水をためるための粘土の壁を岩や土で固めてつくる「ロックフィルダム」だった。
日本に多いコンクリート式のダムと比べ、ロックフィルダムではダム上部などから水が一度あふれると、支えの土や岩も削られて流されるため、決壊に弱い特徴があるという。
地中海版ハリケーン
さらに、リビア東部を襲った豪雨をもたらしたのは、「メディケーン」と呼ばれる地中海版ハリケーンだった5。メディケーンとは、地中海を意味する「メディタレーニアン」とハリケーンを組み合わせた言葉。
京都大防災研究所の榎本剛教授(気象学)によると、気象学では厳密な定義はないものの、温かい地中海に冷たい北風が流れ込むことなどにより発達する低気圧であり、台風などと同じように渦巻き状の雲を伴うという。
しかし台風ほど大きくはなく、強風域の半径は台風の約5分の1~3分の1だとのこと6。
メディケーンは、1948年~2011年に間には毎年1~2個ほど観測されたとの報告があり、2020年に発生したものではギリシャ、2021年にはイタリアなどで死者を出している。
一方、今回のメディケーンをギリシャ国立気象局は「ダニエル」と命名している。しかし、なぜ「ダニエル」がここまで被害を拡大させたのか。
榎本さんによると、今回、欧州付近で偏西風が大きく北へと蛇行し、ギリシャ付近に気圧の谷ができてメディケーンは発生した。
さらに、偏西風の上流に位置する北大西洋で9月の上旬に別のハリケーンが発生したことも、メディケーンの蛇行を強めた要因に。
また、太平洋の赤道域で海面水温が高い状態が続く「エルニーニョ現象」などの影響も重なり、今年の6月~8月が世界の平均気温が観測史上最も高い状態が続き、海面水温も記録的な高さだった。
リビア沿岸でも、海面水温が27.5℃を超えていた7ことが、メディケーンを発達させる要因ともなる。
人災 東西分裂内戦の果てに
これほどの被害をもたらしたのが、「人災」であることも問題だろう。洪水は9月10日~11日、暴風雨によりデルナの上流地域で、二つのダムが決壊したことで発生した。
ダムの決壊は、老朽化が放置されていたことによるものだ。AP通信によると、二つの決壊したダムが建造されたのは1970年代のこと。
2012年~2013年には200万ドルを超える予算が改修に割り当てられたものの、しかし、結果的には工事は実施されなかったという。
リビアでは、1969年に軍人であったカダフィ大佐が、国王をクーデターで打倒。このときに、東部のベンガジにあった首都機能を奪い、西部のトリポリに首都を移したことが、今回の洪水と関係しているとの声もある8。
カダフィ氏は打倒した王政や抵抗勢力を弱体化させるため、政治・経済、そして資源を西部にあるトリポリに集中させ、東部を弱体化させた。
2020年に東西勢力により停戦が成立したあとも、東部は内戦からの復興はなかなか進まなかった。現在においても、インフラや教育などの予算は、東部まで回ってこない9。
東部を実効支配する軍事組織「リビア国民軍(LNA)」や政治勢力は、国連に承認された正式な政府ではない。そのため、外国政府に対し、直接支援を要請することはできない。
一方、すでに、トルコやエジプトを含む中東諸国、さらにロシアが緊急支援を行っている。
リビアはエネルギー大国であり、しかも欧州に近い戦略的に重要な場所なでもあるため、”支援”をテコにして影響力を及ぼそうとする国が現れる可能性もある10。
今後、洪水被害の支援をエサに資源や利権を奪い合う、各国の「パワーゲーム」の舞台になることも危惧されている。
- 田尾茂樹「リビア洪水2週間、被害全容見えないまま…被災者「国家分裂が招いた人災だ」(読売新聞オンライン、2023年9月25日、https://www.yomiuri.co.jp/world/20230925-OYT1T50005/
- 竹野内崇宏「一気に増水「フラッシュフラッド」か リビア水害、温暖化で多発も」朝日新聞デジタル、2023年9月19日、https://digital.asahi.com/articles/ASR9J5QS2R9JULBH005.html
- 竹野内崇宏、2023年9月19日
- 竹野内崇宏、2023年9月19日
- 垂水友里香「地中海版ハリケーン」毎日新聞、2023年9月23日付朝刊、4項
- 垂水友里香、2023年9月23日
- 垂水友里香、2023年9月23日
- 牛尾梓「リビアの洪水、「人災」の面も 東西対立が招いた被害拡大」朝日新聞デジタル、2023年9月18日、https://digital.asahi.com/articles/ASR9J3Q6LR9HUHBI01B.html
- 牛尾梓、2023年9月18日
- 牛尾梓、2023年9月18日