性同一性障害の人が戸籍上の性別を変更する場合、生殖能力をなくす手術を事実上求めている性同一性障害特例法の規定(生殖能力要件)が憲法に違反するかどうかが争われた家事裁判で、最高裁大法廷(裁判長・戸倉三郎長官)は10月25日、規定を違憲とし、無効とする決定を下す。
最高裁は、生殖能力要件について、現在では手術の必要がない性同一性障害の人までもが性別変更に当たって手術を選ぶか、性別変更を断念するかの「過酷な二者択一」を迫っているとし。これが、憲法13条が保証する、
「意思に反して身体への侵襲を受けない自由」
への制約が重大であると判断した。卵巣や精巣の除去といった生殖能力要件については、2019年に最高裁が、
「現時点で合憲」
としていたものの、今回、社会情勢の変化などを考慮し、変更した。
このことにより国は要件の見直しを迫られる。一方、当事者たちにとってみれば、手術を受けない性別変更の道が開かれた。
ただし、「変更後の性器部分に似た外観を持つ(外観要件)」については、高裁に差し戻されることになった。
しかし、この点について、裁判官の3人は、差し戻さずに違憲判断を出すべきだとの反対意見を示す。
申立人は、西日本在住で、戸籍上は男性であるが、性自認は女性で、50歳未満の社会人。特例法は、2004年に施行されたが、その際に、
「生殖腺がないこと、または生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」
と定めているものの、申立人は今回、女性ホルモン投与による生殖能力減退などを理由に、手術なしでの性別変更を求めた。
性同一性障害特例法は、自認する性別が出生時と異なるトランスジェンダーの人などが、戸籍上の性別を変更する要件を定めている。2人以上の医師から性同一性障害と診断されたうえで、
①18歳以上
②婚姻していない
③未成年の子がいない
④生殖機能がない
⑤変更後の性別の性器部分に似た外観のある
の全ての要件を満たせば、家裁の審判を経て、性別の変更が認められるとする。
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最高裁大法廷 違憲は12例目
今回の決定は、裁判官15人全員一致の意見。最高裁による法令の違憲判断は、12例目。特例法をめぐる判断では、初めての違憲判断。
最高裁が法令の規定を違憲とした判断12件
1
1.刑法の尊属殺人罪(1973年)
両親などを殺害した場合、通常の殺人より重い刑を定めているのは憲法14条の「法の下の平等」に違反
2.薬事法の薬局の距離制限(1975年)
薬局開設に距離の制限を設けるのは「職業選択の自由」を保障した憲法22条に違反
3.公職選挙法の議員定数配分(1976年)
「一票の格差」が最大4.99倍となった1972年衆院選の区割りは憲法14条に違反
4.公職選挙法の議員定数配分(1985年)
一票の格差が最大4.40倍となった1983年衆院戦の区割りは憲法14条に違反
5.森林法の共有林の分割制限(1987年)
財産権を定めた憲法29条に違反
6.郵便法の損害賠償責任免責(2002年)
国の賠償責任範囲の制限は、国家賠償請求権を保障した憲法17条に違反
7.公職選挙法の在外邦人の選挙権制限(2005年)
海外に住む日本人に国政選挙の選挙権を認めないのは、選挙権を保障した憲法15条などに違反
8.国籍法の婚外子の国籍取得制限(2008年)
日本人の父と外国籍の女性の婚外子に、出生後の父の認知があっても日本国籍を認めないのは憲法14条に違反
9.民法の婚外子の相続(2013年)
婚外子の相続分を、結婚した父母の子の半分とするのは憲法14条に違反
10.民法の女性再婚禁止期間(2015年)
離婚して6カ月間の再婚を禁止するのは、100日を超える部分が憲法14条に違反
11.最高裁裁判官国民審査の在外邦人の審査権制限(2022年)
海外に住む日本人に審査権を認めないのは、公務員の選定・罷免権を定めた憲法15条などに違反
12.性同一性障害特例法の生殖不能手術規定法(2023年)←今回
トランスジェンダーの戸籍上の性別変更に生殖不能手術を必要とする規定は憲法13条に違反
裁判所は、法律や条例などが憲法に違反していないかを判断できる「違憲立法審査権」を保持している。
この権限は、日本の憲法81条によって認められ、とくに最高裁判所には合憲か違憲かを最終的に判断する権限が与えられている。そのため、最高裁判所はしばしば「憲法の番人」と称される。
日本、世界の潮流から周回遅れ
かつては、公的な書類に記される性別を変更する際、「生殖能力の喪失」を求める要件は、世界でも一般的だった。
しかし各国では、その後制度が見直され、現在では「生殖不能要件」が残る国は少数派だ。結果、日本の要件が世界の潮流から「周回遅れ」となった。
性別変更の手続きについては、1972年のスウェーデンなどが先駆けとなり、多くの国で整備される。当時は、ほぼすべての国で、不妊化を含む性別変更手術が必要とされてきた。
ただ、2000年代に入り、要件の緩和が世界的に広がっていく。2004年の英国法や2007年のスペイン法は、生殖不能要件を求めず、オランダも2013年にこの要件を廃止した。
しかし2003年に性同一性障害特例法を制定した日本は、要件緩和の流れ以前の諸外国の潮流にならい、「生殖不能」などの5つの要件を定めていた。
2014年には、世界保健機関(WHO)などが声明で、不妊化手術の強制は人権侵害だとし、廃絶を求める。国連人権高等弁務官事務所の報告書も、2015年、手術などの「虐待的な要件」は削除するよう勧告する。
2017年には、欧州人権裁判所が、生殖不能要件が人権条約違反と判断。あるいは、ニュージーランドやウルグアイ、台湾、香港などでも人権侵害性を認める判決が相次いだという2。
性別変更に「生殖不能要件」がない国・ある国
3
ない国
約40カ国
ある国
すくなくとも18カ国
日本、韓国、中国、モンゴル、ベトナム、シンガポール、イラン、カザフスタン、ルーマニア、トルコ、ラトビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、チェコ、モンテネグロ、コソボ、パナマ、キューバ、ナミビア
「外観要件」判断先送り なお課題
他方で、「外観要件」について、大法廷は性別の外観を変更する必要性について審理を高裁に差し戻し、自らは憲法判断を示さなかった。
最高裁は通常、下級審の事実認定に基づいて法的判断を行う原則に従う。しかし、今回のケースについては家庭裁判所と高等裁判所の両方が、「生殖不能要件を満たさない」として申立人の性別変更を認めず、外観要件についての判断は行わなかった。
今後、高裁が外観要件を「満たさない」と判断すれば、この問題は再び最高裁に上げられ、判断が下される可能性がある。一方で、高裁が「満たす」と判断すれば、申立人の性別変更が許可され、裁判は終了する。
しかし、その場合、最高裁は憲法的な判断を下す機会を持たず、要件自体は無効にはならない。
最も前向きにこの決定を受け入れているのは、女性から男性への性別変更を望む当事者。男性になるために、男性ホルモンを投与する治療を受けると、女性器の一部が大きくなると言われている。
この場合、外観要件を満たすための性別適合手術(戸籍上、女性から男性への器官造成手術)は不要になる。生殖不能手術要件が違憲・無効とされたことで、女性から男性への性別変更の場合、ホルモン注射のみで可能に。
一方、LGBTなど性的少数者への理解を促進する法律が6月に成立したことから、旧統一教会と関係のある山谷えり子共同代表らが結成した「全ての女性の安心・安全と女子スポーツの公平性等を守る議員連盟」は、この決定に反対。
しかしながら、2019年に最高裁は、トランスジェンダーの男性が手術なしでの性別変更を求めた家事審判で、手術を事実上の要件とする特例法の規定を「合憲」と判断しつつも、
「社会の変化に応じ、不断の検討を要する」
とも言及。
「変わらなければならない」の国会議員の”頭の悪さ”だろう。