相次ぐ列車内無差別殺傷事件 法務省「無差別殺傷事犯に関する研究」はどう見てる?

mohamed HassanによるPixabayからの画像 

 

 列車内で、刃物などを使った事件が全国的に相次いでいる。

 このような事案について、2013年、法務省法務総合研究所の報告書「無差別殺傷事犯に関する研究」は、このような分析をしている。

 第一に、犯人の多くは男性であり、その年齢層が一般的な殺人事件の犯人に比べて若い。また犯行時、友人との交流関係、異性関係、家族関係は、“劣悪“であるとする。

 第二に、安定した職業についている者は少なく、低収入であり、居住関係も不安定であるという。しかも、社会的に孤立して困窮した生活を送る者が多かった。

 第三に、犯人は何らかの精神障害など、とくにパーソナリティ障害の診断を受けた者も多いが、犯行時に入院や通院を受けていたものは少ない。

 第四に、前科があるものが半数ほどいたが、その罪名は粗暴犯が多かった。

 第五に、犯行の前には何らかの問題行動が見られたものがほとんどだが、その内容は自殺企図が多く、それは前科のない者にも見られた。また、犯行前に医師などに犯行についての内的動機を相談するなどの行為を行なっていたものもいた。



 犯行の動機に関してはどうか。

 まず、自己の境遇に対する不満から犯行に及ぶもの、特定の者に対する不満から無関係の第三者に対して犯行に及ぶもの、あるいは、自殺できないことから死刑を明確に意図したり、自殺への踏ん切りをつけるために犯行に及んだり、社会生活への行き詰まりから刑務所に逃避しようとし犯行に及んだり、殺人に対する興味・欲求を満たすために犯行に及んだものもいた。

 これらの動機が複数に存在する物もおり、とくに自己の境遇に対する不満と特定の者に対する不満によるものでは、これが直接に反抗へと結びついたり、不満に基づき自殺や刑務所への逃避を考えるなどの動機へと結びつく。

 しかしながら、全体としては、自己への境遇に対する不満によるものが最も多く見られ、続いて特定の者に対する不満が多かった。

 このような無差別殺傷事件はすべて単独犯であり、共犯者はいなかった。だが、犯人も何らかの理由により被害者を選定しているものが多く、とくに女性、子ども、高齢者が弱者であるという理由で被害者になってしまう傾向が強かった。

 そのほか、恨みの相手の投影・代替として被害者になってしまう場合もあるという。

 また、受刑していた者については、刑事施設出所後、わずか1年未満に無差別殺傷事件に及んだものが多く、出所後の処遇に関する問題も見られた。

 上記の中でも、「犯行時、友人との交流関係、異性関係、家族関係は、“劣悪“である」(人間関係)、「安定した職業についている者は少なく、低収入であり、居住関係も不安定であるという。しかも、社会的に孤立して困窮した生活を送る者が多かった」(貧困)、「受刑していた者については、刑事施設出所後、わずか1年未満に無差別殺傷事件に及んだものが多く、出所後の処遇に関する問題も見られた」(再犯)のことについては、注目に値する。

 まず、ユニセフの調査によれば、「孤独感にさいなまれている」と回答した15歳の割合が29.8%と、他の国々の3〜5倍も多かった。

 アメリカの財団による「日米英の孤独に関する調査」(2018年)では、10年以上、孤独であると回答した人が35%と、アメリカ(22%)、イギリス(20%)よりも多かった。

 この背景には、人々の間で共有される、「人間が生物学的に『社会的動物』であり、つながりの中で生きていくもの」というコンセンサスが日本人にはなく、むしろ体の真から“自己責任“という誤った考え方が、昔から染み付いているからだ。

 貧困についても深刻化している。2016年に発表された世界の貧困率における日本の値は14位で、これが先進国の中で中国、アメリカに次いで多い。さらに世帯構造別みれば、ピーク時よりはやや下がっているものの、ひとり親世帯の貧困率は2015年で50.8%となっている。

 再犯についてはどうか。2017年の検挙者のうち、再犯者は48.7%で、検挙者のうち、およそ2人に1人が再犯である計算となる。

 さて、これらのことについて、どのように対処すれば良いのか。

 「人間関係」については、イギリスのメイ首相(当時)が、「孤独は現代の公衆衛生上、最も大きな課題の一つ」として、世界で初めての「孤独担当大臣」を創設した。

 この動きは日本にも影響を与え、今年2月に「孤独・孤立対策担当大臣」が設置された。

 「貧困」については、どうか。OECDの相対的貧困率が一番少ない国は、デンマークで、その値は4.2%(2012年)だ。ちなみに日本は56%だ。

 消費税(付加価値税)が高い国が軒並み並ぶ国々がイメージされる北欧諸国において、食費など軽減税率がかかる国とは違い、デンマークは軽減税率の制度はなく、一律25%の消費税がかかる。

 さらにデンマークは、アメリカナイズされた熾烈な弱肉強食の資本主義経済と積極的社会福祉政策とが併存する国でもある。

 しかしながら、所得再分配を重視し、公立学校なら大学まですべて無料、さらに親と別居している学生には月額10万円弱の給付金が支給される。

 もちろん、そのようなデンマークでも貧困に陥っている人々は存在するが、特筆すべきはデンマークに限らず、このような所得再分配が徹底している北欧諸国は、社会の最下層から最上位層への“上昇率“がアメリカよりも多く現れていることだ。つまり、格差が固定化しづらい。

 「再犯」についてはどうか。たとえばノルウェーの再犯率が16%とヨーロッパで最も低い。そのノルウェーでは、近年、近代的な刑務所が建造されている。

 その中でも、ハルデン刑務所は、独房だが、ベド・デスク・椅子・シャワー付きのユニット洗面所・トイレ・テレビ・小型の冷蔵庫など個室のようなところに受刑者を収容し、図書館もあり、CDやDVDも見ることができたり、体育館も備え付けられている。

 このような豪華な刑務所が作られた背景には、長年の研究から、犯罪しゃのほとんどは貧困や愛情不足など、境遇や生活環境が劣悪であることに加え、刑務所暮らしが厳しいと社会復帰ができないとの考えに基づくという。

 さらに受刑者に必要なのは、「懲罰よりも更生と社会復帰」であり、そのためにも刑務所での暮らしを充実させなければならないということだ。

 そもそも、日本の法務省の報告書の中でも、所々に犯罪の動機について、「刑務所への逃避」が見られる。

 それは、日本の受刑者にとっては、今現実にあるこの日本社会よりも“刑務所“での暮らしが快適であることを意味している。それほど、この社会が“劣悪“であることを、私たちが自覚しなければならない。

 まず求められるのは、従来の申請主義に基づく社会福祉政策から、積極的なアウトリーチ政策への転換だ。

 アウトリーチとは、「支援が必要であるのにもかかわらず届いていない人に対し、行政や支援機関などが積極的に働きかけて情報や支援を届ける」ことを意味する。

 たとえば、前述したデンマークでは、国民ひとりひとりに生涯にわたり、ホームドクターとケースワーカー(ソーシャルワーカー)がつくという。

 少なくとも、まず私たちがすべきことは、“自己責任“という、日本人の身体に染み付いた悪しき慣習を取り払わねばならないことだ。

 なぜなら、自己責任という考え方は、行きつけば“個人の責任なら何でもOK“という考えに結びつき、最終的には、“自己責任のためなら殺人だって犯す“犯罪者を、この社会に生み出してしまうからだ。

 “自己責任“という言葉を日本で最初に使ったのは、小池百合子都知事であったとされるが、この言葉をここまで広めてしまった責任は重いだろう。