建設業の受注実態を表す国の基幹統計の調査で、国土交通省が建設業者から提出された受注実績のデータを、無断で書き換えていたことを、朝日新聞(12月15日付朝刊)がスクープした。
回収を行う都道府県に書き換えさせるなどし、公表された統計には、同じ業者からの受注実績を「二重計上」したものが含まれていたという。
このことは、建設業の受注状況が8年前から実態よりも過大であったことを意味し、また統計法違反に当たる可能性も指摘されている。
書き換えられていた統計は、「建設工事受注動態統計」というもの。これは、建設業者が公的機関や民間部門から受注した工事の実績を集計したもの。2020年度は、総額79兆5988億円だった。
統計はGDP(国内総生産)の算出に使われており、国交省の担当者は朝日新聞の取材に対し、「理論上、上振れしていた可能性がある」としている。
統計はさらに、月例経済報告や中小企業支援などの「基礎資料」にも用いられる。統計の調査方法は、全国の業者から約1万2000社を抽出し、受注実績の報告を国交省が毎月受けて、集計、公表する仕組みだ。
問題の概要
建設工事受注動態統計とは、全国の建設事業者が請け負った毎月の工事の実績を調べる統計。GDP(国内総生産)の推計や公共事業の立案などに用いられている。
また、政府がとくに重要と位置付ける基幹統計でもある。約1万2000社が調査対象で、都道県が事業者から調査票を回収して国交省が集計。
だが、事業者側の手が回らず、回収率が6割程度であったことも多かったという。そのため、国交省は期限に間に合わない場合は、翌月以降に複数月分をまとめて提出することを認めていた。
データは機械で読み取るというが、過去のデータを事後的に入力できないため、実際には複数月分を最新月に一括で受注したかのように、都道府県の担当者に「消しゴムや鉛筆」で書き換えさせていたことが、今回発覚。
厳正に扱うべき調査票を書き換えること自体、不適切な行為であるが、さらに今回、2013年4月分以降は調査結果を実態に近づける目的で、未回答の企業の実績をゼロとせずに一定の推計値を計上する手法も取っていた。
そのため、遅れて提出された前月分以前の実績と推計値が二重に計上され、数値が実際の数字よりも膨らんでいた可能性がある。また、そもそも政策の立案の前提条件となる統計が実態と異なっていたとすれば、その政策が正しかったのかについても疑わざるを得ない。
国交省は、書き換えのあった調査対象の1割前後であり、多くは受注規模が比較的小さい中小企業であったとする。そのため、内閣府は現段階でGDPへの影響は軽微とみている。
しかしながら、歴代の国交省担当者が漫然と”前例を踏襲”していた可能性が極めて高い。さらに政府は18年末に発覚した「毎月勤労統計」の不正を受けて一斉点検を行っていたが、国交省側の認識が甘かった。
19年11月には問題を会計検査院から指摘され、20年1月分からは都道府県には書き換えの行為をやめさせていた。
ただ、以降は二重計上分を除いた数値を集計する一方、急に方法を変更するとかえって整合性が損なわれるとし、国交省職員が自ら書き換えてまで、それまでの方法を行い続けてきた。
改善されたのは21年4月分からであり、20年1月分までさかのぼり数値が修正される。だが、19年以前の分は調査票の一部がすでに破棄されているという。
建設工事受注動態統計とは
建設工事受注動態統計調査は、政府が作成する統計(公的統計)中でも最重要統計と位置づけられる、全53統計の1つであり、
我が国の建設業者の建設工事受注動向及び公共機関・民間等からの受注工事の詳細を把握することにより、各種の経済・社会施策もための基礎資料を得るとともに、企業の経営方針策定時における参考資料を提供すること
を目的に作成されている。
公的統計とは、総務省によると「行政利用だけではなく、社会全体で利用される情報基盤」であるという。
行政利用という場合、一般的には政府が国民に提供するサービスの判断に活用されるという意味を持つ。受注統計の場合、中小企業庁によるセーフティネット保証制度5号の対象となる不況業種かどうかの判断基準として用いられている。
事実、この保証制度を活用したい企業は、一定の業況悪化の条件を満たすだけでなく、属する業種がセーフティネット保証5号の対象業種となっている必要がある。
しかし他の行政利用として、経済政策の企画立案などの“経済分析利用”も含まれる。受注統計の場合は、こちらの利用が多いとされる。
まず、受注統計は、建設産業政策全般の立案の基礎資料として用いられる。また、国交省は、受注統計や建築着工統計調査をベースに「建設総合統計(以下、総合統計)」という統計を作成している。
総合統計は、GDP統計の作成に用いられており、受注統計がGDP統計の作成に活用されていることになる。さらに、内閣府の「固定資本ストック速報」にも、総合統計は利用されている。
内閣府や日本銀行が推計している需給ギャップや潜在成長率は、経済政策運営の最重要情報の一つであるが、これらはGDP統計や固定資本ストック統計を用いて推計されている。
すなわち、受注統計の数字が信頼に足るデータでないことは、いうなればGDP統計、固定資本ストック統計、そして、それらを使って推計される需給ギャップや潜在成長率についての信頼性にも直結するものなのだ。
書き換えの方法
基本的に統計は、二つの工程を経て作られる。生データの取得と集計作業だ。
3年前に偽装が発覚した毎月勤労統計の問題では、データの所得方法に問題があった。全数調査をせず、サンプル調査に”勝手に”変更していた。
しかしながら、それでも生のデータに直接手を加えるような行為はしていない。今回発覚した問題は。生データに手を加えており、より問題は深刻といえる。
まずデータの書き換えは、国の指示を受けた都道府県の職員の手により行われていた。建設業者が鉛筆で書いてきた受注実績を消しゴムで消して書き換えていた。
朝日新聞が入手した資料によれば、
「すべての数字を消す」「全ての調査票の受注高を足し上げる」
と国土交通省が都道府県の担当者に向けて書かれてあった。
またイメージ図を使いながら、
▽A社が、4~6月の3カ月分の受注実績の調査票を、3枚まとめて都道府県に提出したとする
▽都道府県は3カ月分の受注実績を合算して6月分の調査票に記入する
▽4、5月分の調査票の受注実績は消す
と3カ月かけて受注した実績を、最新の1カ月だけで受注したかのように書き換えていた。
朝日新聞の取材に対し、東日本のある県の担当者は、「使うのは鉛筆と消しゴム」であるとし、足し上げについては、「電卓で」とする。調査票は、鉛筆で記入してOCR(光学式文字読み取り装置)で読み取る形式のため、書き換えは容易にできたと証言。
関東の自治体の担当者は、「せっかく業者が記入してくれたのに消してしまっていいのかと思っていた」と多少は違和感があったようだ。
それでも、都道県の役割はあくまで国の仕事を代行する「法定受託事務」に過ぎず、「国の指示通りするのが我々の業務なので・・・」とした。
しかしながら、業者向けの「記入の手引き」では、「調査票には1カ月分の受注実績を記入してください」とし、「過去に受注し、その月に施工している工事については記入しないでください」と”太字で”注意喚起をしていた。
また取材に対し、自治体の担当者は、「正しい記入データを勝手にいじられたと知ったら怒る業者さんがいるかもしれない」とも話す。
アベノミクスへの忖度か?
日刊ゲンダイの取材によれば、今回の書き換えを実行した国交相の建設経済統計調査室の総合政策局の局長経験者は2013年以降、軒並み出世し、そのうちの三人はトップの事務次官にまで登り詰めていたという。
さらに二重計上は13年4月分から始まり、21年3月分まで8年間にわたり続いており、その期間は安倍政権が続いていた時期と重なる。
安倍元首相は、大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略による「3本の矢」で構成されるアベノミクスを掲げていた。同時に、自民党は「国土強靭化」を掲げていた。
2011年3月11日の東日本大震災以降、巨大地震や大規模な水害などに備えるなどし、公共投資を増加させる。だが、実際には建設業界の人手不足による入札不調で、自治体が公共事業予算を十分に執行できない事態は生じる。
14年には麻生太郎財務大臣(当時)が各省庁に対し、2013年度補正予算の確実な執行を促すとも表明した。
15年には、安倍首相が「GDP600兆円」の目標を口に出したように、金融緩和だけでなく、公共事業の執行を含む財政出動により経済を活性化市、建設投資やGDPの増加を目指すという意図が、政権に発揮と映し出されていた。
だからこそ、今回の書き換えはアベノミクスへの“忖度“である疑いも、もちろん、出てくる。
政府統計をめぐっては、18年12月に同じ基幹統計の一つである毎月勤労統計の不正が発覚、野党は国会で「アベノミクスのためのデータのかさ上げ」と批判していたが、この統計の不正は04年から始まっていた。
一方で、今回の問題については、第二次安倍政権の発足直後はまだ、第一次の失政もあり、霞が関官庁は様子見で、政権への忖度が過度に働く雰囲気ではなかったとの見方もある。
明らかに足りない統計職員
厚労省の毎月勤労統計の問題以後、56の基幹統計のうち、22の調査に何らかの問題があった。
基幹統計は、日本が世界銀行、IMF、OECDなどの国際機関に報告しているGDPなどの諸統計にも影響を与えるため、日本がそのような国際機関にまちがっていた情報を提供していた。
私たちは度々、中国の経済統計には中央政府の意図が反映されている可能性があるので信用できないと思っていたが、日本も”同レベル”であったことが分かった。
そもそも日本の統計に関わる政府の職員の数は、国民1人当たりに換算すると、カナダの10分の1、フランスの6分の1しか存在しない。伝統的に「小さな政府」を標榜し、近年は統計の職員を削減したイギリスやアメリカでさえ、現在も日本の3倍~4倍の統計職員がいる。
現場には「人手が足りないことは明らか」なのだ。このどこが”先進国”なのか、笑える。
統計法違反になるおそれ
統計法には罰則があり、「真実に反する基幹統計を故意に作成した者は6カ月以下の懲役か50万円以下の罰金」が科される。
具体的に2009年に総務省が出版した「逐条解説 統計法」によれば、「調査票に記入された報告内容を改ざんする行為、基幹統計調査の集計過程においてデータを改ざんする行為などが該当する」と書かれている。
総務省によれば、07年の統計法の全面改正後、同法違反での摘発が1件あった。13年に愛知県東浦町の元副町長が、町から市への昇格要件を満たすために国勢調査の調査票を偽造、町の人口の水増しを図ったとして逮捕・起訴され、有罪判決が確定していた。
毎月勤労統計の不正問題では、政府の特別監査委員会が総務大臣が承認した調査計画と、実際に行われた手法が異なるとし、「統計法に違反するものと考えられる」と指摘。
ただ、意図的な不正とまでは認められず、厚生省の職員の刑事告発は見送られ、関与した幹部らの人事上の処分にとどまった。
しかし朝日新聞の取材に対し、ある検察OBは、建設業者が提出した調査票は行政側が受け取った時点で「公用文書」とみなせるとし、「公用文書の一部を書き換えれば、公用文書毀棄罪が成立しうる」との見解を示している。