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第24回冬季オリンピック北京大会は20日夜、中国・北京の国家体育場(鳥の巣)で閉幕式があり、17日間の熱戦が幕を閉じた。
夏季東京大会につづきコロナ渦における大会であっため、今回も完全バブル方式のなかで行われた大会であったが、実際には”オリンピック”というバブルがはじけた。結果的に、五輪というものがもはや「20世紀の遺物」であるということを改めてあらわにした大会となった。
大会は新型コロナウイルス対策を理由に厳しく統制。あるいは新疆ウイグル自治区などの人権問題をめぐる「外交的ボイコット」を各国が展開。しかし、言論の自由そのものを中国が厳しく統制し、人権問題への批判もかき消される。
大会ではドーピングの問題なども発生。あるいは、競技の公平性が揺らぐ事態が相次いだ。大会には91の国と地域から約2900人の選手が参加。女子選手の比率も45%にまで上がり、この数字は冬季大会では過去最高となった。日本は冬季大会では史上最多の18個(金3、銀6、銅9)を獲得。
ただ、五輪自体は、政治色が色濃く潜在し、あるいは競技をめぐる問題が続出し、五輪の意義が揺らぐ。「平和の祭典」という言葉も、緊迫するウクライナ情勢によりかき消された。
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新型コロナウイルス対策
もともと、「ゼロコロナ」を掲げる中国は、大会でもこの措置を強く実施。選手や大会関係者と外部との接触を遮断する「バブル方式」を、昨年夏の東京夏季大会時よりもコロナ対策における運営を厳格に行う。
外国選手や関係者、接触の可能性のあるホテルの従業員らも外部から遮断し、合計6万7000人の”バブル・コミュニティー”を形作る。
その中で、1月23日から2月19日までに実施されたPCR検査は実に179万件に上った。陽性が判明した選手・関係者は185人。ただ、空港の検疫を除けば、2月16日~18日は陽性の確認がゼロであった。
しかしながら、北京への到着時に陽性となったスケルトン女子のベルギーの選手は、「3回陰性になったのに隔離が続いた」とSNSで涙ながらに訴え、結果的に隔離が解除された。
陽性の判定が出た選手の中には有力選手の名前も。スキージャンプ女子で金メダル候補であったオーストリアの選手が直前のワールドカップで陽性となり、中国に入国できなかった。
米国のフィギュア男子のビンセント・ゾウ選手は米国団体の銀メダルに貢献したものの、その後、陽性となり、メダル候補であったものの個人種目には出場できなかった。
IOCのバッハ会長は18日の記者会見で、
オミクロン株の感染拡大の困難な状況下、バブル内で安全性が担保され、選手は満足している。
と語る。
ただ、ボランティアスタッフや中国のメディアなどバブルの中で過ごしたは良いものの、しかしすぐに外部の社会に”復帰”できるわけではない。
大会閉幕後も、条件により最大3週間の隔離と健康観察が待ち受ける。
人権をめぐる問題
五輪の開催立候補地が減少に転じる中で、中国の今大会の力の入れ方を異様ともいえる状況であった。中国国内では大会は、習近平国家主席が「自ら企画し、自ら推進した」(国営新華社通信)と伝えられる。
それだけに成功が大前提の大会でなければならない。中国の外交筋は朝日新聞の取材に対し、「始まればなんとかなると思っていた。実際にうまくいった」と答える。
ただ、開幕前には米国やイギリス、オーストラリアが人権問題を理由に政府関係者を派遣しない、「外交ボイコット」を表明。それに対し、中国は「スポーツの政治化だ」と反発した。
だが、実際に大会が始まると、国際社会からの人権に関する批判は一切なかった。この間に緊迫したウクライナ情勢に世界の関心が移ったことが、中国にとってプラスに働いた可能性がある。
また、習主席ら共産党最高指導部のメンバーらは開会式と閉会式に出席しただけで、試合会場には姿を現さなかった。あえて、党の存在感を薄めたとかもしれない。選手からも人権に関する批判は出なかった。
言論の自由
中国の不自由な言論環境も、異様さを際立たせる。組織委員選手委員会の楊揚主席は、開会前の会見で、「選手は発言に責任を負うべきだ」とする。
人権に関わる問題で何かを発言した場合、選手の身に危険が及ぶ可能性が欧米メディアで上った。
開催国の人権やLGBTなど性的少数者に対する姿勢を考慮すべきだ。
フリースタイルスキー男子のガス・ケンワジー選手(英国)は、IOCと中国を批判したと報じられた。しかしながら、このような発言は少数だ。
リュージュ女子のナタリー・ガイゼンベルガー選手(ドイツ)は人権問題について問われ、
帰ったら何か言うかもしれないが、ここでは話さない。
と口を閉ざす。
スピードスケート男子で金メダルを獲得したニルス・ファンデルプール選手(スウェーデン)は帰国後にようやく、地元メディアに対し、
露骨に人権侵害する国での五輪開催を許すなんて無責任だ。
と語った。
中国政府は大会前に、「中国の法律に反する行動は処罰対象」と強調。中国では、共産党と政府に楯突けば、国家転覆罪などの問われる可能性がある。
監視
大会前には、「健康管理アプリ」への懸念の声も上った。 新型コロナウイルス対策としての選手やスタッフなどの健康状態を管理する専用のアプリについて、情報を盗み取られる恐れが指摘される。
大会に参加する選手やスタッフ、報道関係者などに対し、専用のスマートフォンアプリを使い、毎日、体温や体調を登録することが求められた。
ただこのアプリは、カナダのトロント大学の研究所は情報を第三者に盗み取られるおそれがあるなどセキュリティー上の欠陥を指摘したほか、入力した情報が中国当局内でどのように共有されるのかも不透明だとした。
ロイター通信なども、米国オリンピック委員会が大会関係者に対し、
すべてのテキストやメール、アプリへのアクセスなどに監視や情報漏洩のおそれがあると考えるべきだ。
と警告したことを伝える。
そのうえで、現地には私物のスマートフォンなども持ち込まず、レンタルの端末を使うなど注意を呼びかけた。カナダやオランダのオリンピック委員会も同様の呼びかけを行う。
ただ、JOC(日本オリンピック委員会)は、このアプリについては第三者機関に判断したなどとして、選手やスタッフにこのアプリをダウンロードするためにスマートフォンを貸与するなどの措置は取らなかった。
人工雪
人工の雪に関する問題もあった。開幕前日の2月3日、スノーボード女子スロープスタイルとビッグエアの芳家里奈選手が、スロープスタイルの公式練習中に転倒、脊椎を損傷し、大会の欠場が決まった。
転倒による欠場者は他にもいて、原因の一つとして天然の雪よりも硬くて滑りやすいとされる人工雪の影響が指摘された。
スノーボード女子スロープスタイルのジェイミー・アンダーソン選手(米国)も練習後、
(雪質は)はとても硬い。絶対に転倒したくない。まるで防弾の氷。
と語る。
競技会場がある北京と河北省は降水量が少なく、人口の雪に頼らざるを得ない。さらに、このような人工雪を造るには、大量の水が必要であり、環境への負荷もかかる。「持続可能な五輪」「自然との調和」が叫ばれる冬季五輪において、開催地選びに課題を残す。
地球温暖化が進む中で、そもそも冬季五輪に適した開催地が少なくなっていく。IOCが開催地に北京を選んだのも苦渋の決断ではあった。
欧州の有力な都市が巨額の開催経費への懸念から相次いで招致レースから撤退した中で、今回、最終的に残ったのは、北京とカザフスタンのアルマトイのみ。
今後、会場規模の適正化や競技数、参加選手の数の見直しが求められるのは必須だ。
ドーピング
ドーピングに関する問題も改めて浮上。フィギュアスケート女子カミラ・ワリエワ選手(ロシア・オリンピック委員会=ROC)はショートプログラムで1位になったものの、検査から1カ月半後の陽性判定が出る。
結果、その後のフリーで大きく崩れ、4位に終わった。ただ、問題は”ドーピングスキャンダル”に留まらない。
この10年間、ロシアのフィギュア女子が摂食障害や故障などが原因で、10代後半で引退する選手が続出。
事実、2014年に浅田真央選手(当時23歳)が世界選手権を優勝してからの8年間、世界チャンピオンは15歳~18歳のロシア選手で占められた。
しかも、優勝した選手は、プルシェンコ選手を育てたミーシンに師事するエリザベータ・トゥクタミシェワ選手(15年に世界選手権を18歳で優勝)した以外は、全員、エリテ・トゥトベリーゼのチームに指導を受ける10代後半の選手ばかりであった。
さらに、ほとんどの選手が10代後半でキャリア人生を終える。トゥトベリーゼコーチの指導法は、全員が同じ指導方法であり、15歳~16歳までの数年間が”賞味期限”のように、「作られては、捨てられる」ことが前提の指導方法であるのだ。
スポンサー
膨張する開催費を支えるスポンサー企業も、悩ましい大会となった。新疆ウイグル自治区や香港などの人権問題が批判され、そのなかでスポンサー企業がこれまでと同等の大々的な動きをみせれば、”人権の軽視”と世界に映る。
だが、大会そのものへ一切関わらないとなれば、今度は中国市場を敵に回す。そのようななか、トヨタやパナソニックなど日本のスポンサーは大会期間中、黒子に徹した。そのような姿勢が表れたのが、テレビCMであった。
本来であれば、五輪のロゴとともに自社の商品を出すことによりスポンサーの影響力は増すが、17日時点で、日本企業によるオリンピック関連のCMはゼロであった。その代わり、韓国のサムスン電子のCMが計77回流された。CM総合研究所の調べで分かった。
前回の平昌大会では2018年2月5日~19日の期間だけでも日本企業のCMは26社1779回の関連CMが流されていた。
ある企業は、
スポンサーのメリットは何もない。今回はお付き合いだ。
産経新聞2月21日付
と語る。
人気
オリンピックそのもの人気低迷もささやかれる。たとえば、五輪間際に購入者が増えるとされるテレビの販売も、今回は低調であった。
平昌大会のときには前年比5%程度伸びていたが、今回の大会では逆に5%程度低下。昨年、東京五輪があったばかりで、盛り上がりに欠けたのも事実。開会式のテレビ視聴率も、平昌大会を10%も下回る21.3%であった。
”スポーツの本場”米国でもそれは顕著に表れている。
国際的なデータインテリジェンス企業「MORNING CONSULT」による調査では、大会前の米国でのアンケート調査(今年1月下旬に約6500人を対象)で、「大会を欠かさず見るつもり」と答えたのは全体の13%と、東京五輪時の18%を下回り、以下、「時々見るつもり」が32%、「未定」が6%、「そんなに見ないつもり」が22%。そして、最後に「全く見るつもりはない」が27%に上ったが、これは東京五輪時の19%と比べてもかなり高い。
そもそも「五輪に興味がない」と答えた人65%いて、続いて「出場するアスリートに興味がない」が57%いた。
オリンピックそのものへの関心の欠如というのは大きな問題であり、今後の放送権料の動きにも大きな影響を与えるかもしれない。
強化費
冬季大会で過去最多であった平昌大会の13個(金4、銀5、銅4)を上回る18個(金3、銀6、銅9)個のメダルを獲得したものの、将来の見通しは明るくない。
コロナ渦にゆれた東京五輪を境に、経費への国民の目はより一層厳しくなった。現在の予算の規模からは先細りすることは間違いなく、日本ススケート連盟の関係者は、
東京五輪後は補助金が減るといわれてきた。連盟で強化費を確保できれば。
産経新聞2月21日付
と語る。事実、コロナ渦でより一層、スポンサー探しは困難となった。
前回の平昌大会後、日本オリンピック委員会(JOC)は、集約的な冬季版ナショナルトレーニングセンター(NTC)の早期設置を要望してきたが、動きは芳しくない。
平昌大会の銅メダルを上回る銀メダルを獲得したカーリング日本代表のロコ・ソラーレの代表理事を務める本橋麻里氏の著書「0から1をつくる 地元で見つけた、世界での勝ち方」では、
五輪のメダリストと呼ばれるようになりましたが、ちょっとちやほやされても、1年も経てば普通の人になります。
と記すように、ブームは一過性だ。
そもそも、カーリングの強化費はスキーの4分の1に過ぎない。今大会でも、スピードスケート女子1000メートルなど4つのメダルを獲得した高木美帆選手に冬季日本人史上最高となる2200万円の報奨金がJOCと日本スケート連盟から支給されることが話題となったが、ロコ・ソラーレの選手には銀メダルでも1人200万円のみだ。
今後の見通し
中国当局は、今大会の開催費を冬季大会では過去最少の39億ドル(約4500億円)と見積もった。ところが、実際にはその10倍近い385億ドル(4兆4000億円)以上に上ったと米国メディアは指摘した。
民主主義陣営諸国が、”民主主義”の力で五輪の開催をめぐり住民投票をする過程で、開催を拒否していくなかで、IOCは中国のような強権的な国家の下、滞りなく五輪を開催できる都市に魅力を感じ始めているふしがある。
中国国内では、2008年に大きな地震を経験した深川省成都などで夏季五輪を招致する動きもある。
次のオリンピックはパリ、28年夏はロサンゼルス、有力視される30年札幌、32年夏はオーストラリア・プリズベンであるが、今後の見通しは不明だ。
ただ、東京五輪と北京大会とセットで、スポーツと政治との関係がより密接になったことは事実。
次回26年冬季大会はイタリアのミラノとコルティナダンペツォで、初の2都市開催となる。 複数の都市が名を連ねる大会は史上初のこと。
近年の開催地候補の減少とともに、IOCはコストの削減につながる複数都市での開催を認めた。4つの会場に分散し、会場の93%が既存または仮設となる。