フランスのパリ郊外ナンテールで6月27日、交通検問中の警察官が車の停止命令に応じなかった17歳の少年を射殺したことへの怒りの抗議は、フランス全土で暴徒化。
しかし3日、各地の市長らが暴力と略奪に抗議する集会を市庁舎前で開くよう呼びかけるなどしたため、徐々に収まる気配をみせた。
2日夜には、暴力行為は減少。放火された車は297台で、3日前の1900台から大きく減少。損壊や炎上した建物も34棟と、3日前の500棟以上からは大きく減る。
逮捕者も、前夜の700人以上から150人超に減った1。しかしながら当局は慎重な姿勢を崩していない。
マクロン大統領は、「平穏への回帰」を確実にするため、各地の街頭で、警官らの大規模は配置を維持するよう、内務省に求めた。
ダルマナン内相は、全国で過去3夜わたり、警官約4万5000人が配置され、3日も再び街頭で警備にあたると述べる2。
AFP通信は、交通当局者の話として、6日間にわたり続く暴動で、パリ地方の公共交通機関に2000万ユーロ(約31億5000万円)相当の被害が生じたと伝えた。
いずれも、「燃えたバス、放火された路面電車、破損した2つの路面電車、破壊された都市インフラ」などによるものだという。
暴動で略奪などの被害に遭った企業や接客施設に対しては、地方当局が財政支援策を打ち出し始めている。南部マルセイユの事業主には、補助金が支給される予定だ。パリ地方では、公共施設の修復に資金が提供される2。
しかしながら、夏の観光シーズンが始まった時期に暴力事件が相次いだことで、観光業への長期的な影響が心配されている。
事実、仏誌ル・ポワンは、パリのホテル予約の最大25%がすでにキャンセルされたとする、観光当局者の見方を報じた。
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暴動の発端
暴動の発端は、6月27日、パリ郊外ナンテールで起こった射殺事件。交通違反の取り締まり中に北アフリカ系の17歳の少年が車を発進させ、警察官が少年を射殺した。
しかしこれをきっかけで、警察への大規模な抗議活動がフランス全土に拡大、反発した一部が暴徒化して略奪をしたり、車を燃やしたりしる大騒動となった。
ただ、暴動拡大の背景には、フランスが抱える社会問題も背景にある。
フランスでは以前から、移民らに対する人種差別や経済格差が社会問題となっており、警察による日常的な“人種差別的”な対応に不満が溜まっていた。さらには2017年に警察官の銃使用の基準が緩和されていた3。
このことにより、事実上、車の運転手が命令に従わず、第三者に命の危険が及ぶ場合は発砲が可能となっていた。
しかしこれが影響したのかは不明ではあるものの、2020年以降、交通取り締まり中の射殺が21人もあり、犠牲者のほとんどは黒人や北アフリカ系だったという4。
米紙「ニューヨーク・タイムズ」によると、仏メディアは当初、匿名の警察関係者からの情報をもとに「正当防衛」であったと報道。しかしながら、その後、現場近くにいた人が撮影した動画が公開されて拡散。
それによると、動画には、車に乗った少年が逃げ去ろうとする際に、警官が至近距離から彼の胸部を撃つところが映っていた5。
射殺された少年は、アルジェリアとモロッコにルーツを持つ北アフリカ系のフランス人だった6。
ガーディアンによると、彼の死は、2023年にフランスで起きた交通取り締まり中の警察による3人目の射殺事件であり、2020年以降では21人目だという。しかも犠牲者のほとんどは黒人か北アフリカ系だ7。
長年の差別 暴動拡大
射殺された少年の母親は、「警察官はアラブ人のような子どもを見て命を奪おうとした」とテレビ番組で訴え、警察官が差別感情から少年を射殺したと強く強調する。事件は、「バンリュー」と呼ばれる地域で起きた。
パリなど大都市の郊外であり、しかし一部の地域は低所得者層が多く住み、治安も悪い。
2019年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、日本でも一部話題となった、映画「レ・ミゼラブル」(現代版)の舞台となった場所だ8。映画では、バンリューを舞台に移民と警察官との対立が描かれる。
6月30日、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の報道官は事件を受け、スイス・ジュネーブで記者団に対し、
「フランスは警察の根深い人種差別の問題に取り組む時が来た」
6
とする。
暴動はSNSなどを介しても拡大。マクロン大統領は6月30日の会議で、暴動が拡大したことに関し、
「ソーシャルネットワークがかなりの役割を果たしている」
6
と指摘する。TikTokなどが暴徒の集結に利用されていると非難したほか、暴力をあおるようなコンテンツを削除するよう、運営会社に要求する方針を示す。
フランスでは、2005年にも今回と似たような暴動が起きる。移民が多く住むパリ郊外で、警察官に追われたと思った少年2人が変電施設で感電死したのをきっかけに数か月間にわたり暴動が続き、政府は異例の非常事態宣言を出した。
今年に入ってもフランスでは、年金改革の強行で国民からの激しい抗議行動が勃発。マクロン氏にとっては、今年2度目の危機だ。
パリ五輪を来年に控え、フランスは”2005年の悪夢”といった段階までは避けたいというのが本音。事実、ボルヌ首相も、
「治安維持のためならあらゆる選択肢を検討する」
6
との強気の声がにじむ。
マクロン氏も、2日から予定されていたフランス大統領としての23年ぶりとなるドイツ公式訪問を延期するなど、異例の対応を見せる。
射殺した警察家族に多額の募金の支援も フランスの分断、深刻化
事件をめぐっては、暴動の発端となった少年(17)を射殺した警官を支援する動きもあり、フランス社会の”分断”をより浮き出たせた。
昨年のフランス大統領選で「反イスラム」を掲げて落選した極右候補政治家の報道官を務めたジャン・メシア氏が、「警察を支えよう」とクラウドファンディングを呼び掛ける。
集まった資金は3日、計129万ユーロ(約2億円)にまで達した。治安強化を求める人々が賛同しているとみられるという9。
3日夜の時点で4万6000人余りが寄付。5ユーロや10ユーロの小口が多いももの、しかしなかには3000ユーロの大口支援もあった10。
このことに対し、少年の遺族は2日、テレビで、警官の家族への支援に
「心が痛む」
10
と心境を告白。ボルヌ首相も3日、
「(動揺した国内の)沈静化につながらない」
10
と批判した。
メシア氏は、極右メディアのコメンテーターでもある。そのメシア氏は、反イスラムを公言する極右評論家で昨年の大統領選に出馬したエリック・ゼムール氏と親しい。
ただ、警官のために集まった額は、射殺された少年の遺族のために集まった募金18万9000ユーロ(約3000万円)を大きく上回り、大きく物議を醸す。もちろん、中道与党や左派の政治家らは、警官を支援する募金を強く非難する。
しかし左派のマチルド・パノ議員は、2019年のマクロン政権に対する抗議デモ「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト」で警官数人を殴った元ボクサーを支援する募金が当局によって即時閉鎖されたことと比較し、
「2023年のフランスでは、北アフリカ系の若者を殺せば大金が手に入る」
と強く非難した。
この事件で発砲した警察官は拘束され、過失致死罪に問われている状態。仏メディアはこの警官の氏名を「フロリアン・M」とだけ伝えている模様だ。
- BBC NEWS JAPAN「フランス暴動、規模縮小も警戒続く 反暴力の集会を各市が呼びかけ」2023年7月4日、https://www.bbc.com/japanese/66094159
- BBC NEWS JAPAN、2023年7月4日
- TBS NEWS DIG「フランス・パリ郊外で若者暴動 きっかけは17歳射殺 警察官への抗議広がる【Nスタ解説】」Yahoo!ニュース、2023年7月4日、https://news.yahoo.co.jp/articles/fce48f385f565950dd3b0950f391b81483d8728e
- TBS NEWS DIG、2023年7月4日
- ガーディアン「【解説】フランスの抗議デモはなぜ暴徒化したのか 「暴動」の背景にあるもの」COURRiER JAPAN、2023年7月3日、https://courrier.jp/news/archives/331073/
- ガーディアン、2023年7月3日
- https://www.theguardian.com/world/2023/jul/01/crowds-gather-for-funeral-of-nahel-merzouk-shot-dead-by-french-police
- パリ=共同「長年の差別、移民ら怒り」西日本新聞、2023年7月3日、5項
- JIJI.COM「発砲警官に支援2億円 極右呼び掛けで物議 フランス暴動」Yahoo!ニュース、2023年7月4日、https://news.yahoo.co.jp/articles/a325d95cc7539ded4e8b4a071195bd3e1e680b95
- JIJI.COM、2023年7月4日