メジャーリーグ、来シーズンから大幅にルールが変更 過去のルールの変遷を追う もともとは「9ボール」で一塁へ 

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 メジャーリーグ機構 (MLB)は9日、来季から新しいルールを導入する。いずれのルール改正も、野球の”原点回帰”を目指してのもの。野球をより興味深くし、野球人気の復活とさらなる国際化を目指す。

 変更されるルールとしては、投手に大きく関わるものがある。試合時間短縮のために投球間に時間制限を設ける「ピッチ・タイマー(クロック)」を設定。

 ピッチャーは走者がいない場合は10秒以内に、ランナーがいる場面では20秒以内での投球となり、制限時間を超えれば、1ボールが加えられる。けん制も、3度目に走者はアウトにできなかった場合はボークに。

 打者は残り8秒の時点で年との勝負に集中しなければならず、違反すると1ストライクが加算される。

 極端な守備シフトも禁止される。塁間に3人を置くシフトは禁止され、投手の投球時に内野手は2塁ベースの左右にそれぞれ2人が守っていなければならない。 

 また選手の故障防止のため、一、二、三塁ベースが1辺、約7.6cm 大きくなる。

 このうち、ピッチクロックは今年マイナーリーグで試験導入。去年は延長以外での試合時間が3時間4分だったものが、今年は2時間38分と大幅に短縮されたという1

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「野球発祥の地はアメリカ」という誤り

 アメリカニューヨーク州のクーパーズタウンは、かつては「野球発祥の地」とされ、1939年には野球殿堂もオープンしたが、しかし「発祥の地」というのは今では完全に否定されている。

 現在では、もとはイギリスで楽しまれていた「ラウンダーズ」という、棒とボールを使った遊びがアメリカ大陸に持ち込まれ、それが発展したものというのが定説。

 そして、1845年にニューヨークに住むアレキサンダー・カートライトが初めてルールを成文化。

 それによれば、ファウルラインの制定、スリーストライクでの三振、野手がボールを走者に投げ当てることでアウトとなることの廃止など、現在の野球に至る重要なルールの制定も含まれていた。

 もともとアメリカには「野球は1839年クーパーズタウンで、後の南北戦争の英雄であるアブナー・ダブルデイ将軍によって考案された」という「神話」がある2

 それは、「野球の起源を探求したいという、19世紀の有識者の声を反映したもの。

その後、コロラド州の元鉱山技師の老人から、

「1839年にクーパーズタウンで、後の南北戦争の英雄であるアブナー・ダブルデイ将軍により野球が考案された」

という声が寄せられた。

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もともとは「9ボール」で一塁へ

 「3ストライクでアウト」「4ボールで一塁へ歩く」は、野球の基本中。しかし、1876年には今のMLBの前身であるナショナル・リーグが発足ときには、「3ストライク9ボール」だった3

 野球のルールにおける”3進制”の名残だ。

 なお「四球」は日本だけの用語で、アメリカでは「fourball」と言う言葉はない。「base on balls(略してBB)」または「walk」という4。もともと「四球」ではなかったのだから。

 この「3ストライク9ボール」が、以下のように変わっていく。

1876年 「9ボール」
1880年 「8ボール」
1882年 「7ボール」
1884年 「6ボール」
1886年 「7ボール」
1887年 「5ボール」
1889年 「4ボール」

5

 この間、1880年には投手、本塁間が45フィート(13.716m)から50フィート(15.24m)になる。1884年には上からボールを投げることが認められる。

 1886年に「6ボール」が一度「7ボール」に戻されたのは、上手投げになって「walk」が増えたからだ。

 9ボールが4ボールになったのは、時間短縮という意図があった。また9ボール時代は、ボールの数え間違いのトラブルもたびたびあった。野球は日本には1872年ころにもたらされたと言われる。当時は「9ボール」だった。

飛球はワンバウンドでキャッチしてもアウト

 創成期の野球のルールでは、飛球は野手がワンバウンドでキャッチしてもアウトだった6。まだユニフォームもなく、野手はグラブも持っていない、グランドもよく整備されていないため、当然といえば当然だろう。

 バッターは、「スカイボール」という飛球はなるべく打たないようにするのがセオリーだった7

 ベーブ・ルースが活躍しだした初期は、「飛球をワンバウンドで取ってもアウト」というルールであったため、当時は本塁打自体の評価も低かった。

 また当時は、どちらかが21点を先取したら勝ちというルールで試合が行なわれていた。投手は打者が指定したところへ投げる。そのうち投球技術が上がり、速い球を投げる人も増えてくる。

 そこで問題が。なかなか点が入らなくなる。そこで、点数制ではなくイニング制にしようということになり、ルールの制定が話し合われた。

 日本に野球が持ち込まれたのは、1872年。開成学校(後の東京大学)のアメリカ人教師だったホーレス・ウィルソンが、アメリカから野球のボールとバットを持ち込んだことがきっかけとなっている。

  1. スポニチアネックス「MLB 来季から新ルール導入 投球間の時間制限、ベースの拡大、シフトの制限」2022年9月10日、https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2022/09/10/kiji/20220910s00001007187000c.html 
  2. 豊浦彰太郎「「野球発祥の地」は捏造だったクーパーズタウン。それでもファンに愛される理由とは」Yahoo!ニュース、2018年9月11日、https://news.yahoo.co.jp/byline/toyorashotaro/20180911-00096383 
  3. 広尾晃「なぜ“3ストライク4ボール”なのか? 今さら聞けない野球のルールを振り返る」Full – Count、2020年5月29日、https://full-count.jp/2020/05/29/post784785/3/ 
  4. 広尾晃、2020年5月29日 
  5. 広尾晃、2020年5月29日 
  6. 竹内智信「初めての日米野球、邪飛はワンバン捕球でもアウト」日刊スポーツ、2017年3月4日、https://www.nikkansports.com/baseball/column/yakyukoku/news/1787394.html?mode=all 
  7. 竹内智信、2017年3月4日