前のローマ教皇ベネディクト16世が昨年死去 ローマ教皇とは? 教皇庁とは? 「2人のローマ教皇」問題

Lecture
スポンサーリンク

Mauricio A.によるPixabayからの画像

 前のローマ教皇であったベネディクト16世が12月31日に亡くなった。95歳。本名はヨーゼフ・ラッツィンガー。

  1927年にドイツのバイエルン州に生まれた。独ミュンヘンの大司教などを経て、ローマ教皇庁の要職を務めたあと、2005年4月にヨハネ・パウロ2世の死去に伴い、78世で第265代ローマ教皇に就任。

  カトリック教会の中でも人工妊娠中絶などに強く反対する保守派として知られる一方、Twitterへの投稿などを行い、「開かれたバチカン」をアピールしてきた。

  在任中にはスキャンダルも相次ぎ、聖職者による性的虐待問題や、ローマ教皇庁の不透明な財務問題などの対応に追われることも。

  就任からおよそ8年後の2013年に高齢による体力の低下を理由に突如、辞任。教皇が死去する前の辞任はおよそ600年ぶりとされ、当時は驚きを持って世界に受け止められた。辞任後は「名誉教皇」となる。

  葬儀は年が明けた1月5日、バチカンのサンピエトロ広場で行われた。ローマ・カトリック教会の枢機卿や各国から信者が集まり、地元警察の発表ではおよそ5万人が参列。

  現在の教皇であるフランシスコ教皇は、

 「彼が長年にわたり私たちに与えてくれたような知恵や優しさ、献身を行い続けたい」

1

 と述べた。

スポンサーリンク

ローマ教皇とは

 
 ローマ教皇はキリスト教三大宗派(カトリック、プロテスタント、正教会)のうちのカトリックの最高指導者。

  初代の教皇はイエス・キリストの12使徒のひとりである聖ペトロとされる2。教皇は、信仰に関する広い範囲に及ぶ決定権や高位聖職者の任命権を持つ。「コンクラーベ」と呼ばれる枢機卿間の選挙を通じて選出。

  現在の教皇は、2013年に就任したフランシスコ教皇。本名はホルヘ・マリオ・ベルゴリオで、86歳(1936年生まれ)。アルゼンチン生まれで、歴代初の南米の出身者。

 バチカンで公邸への入居を断るなど3、質素な暮らしぶりを好むという。

  気候変動対策を各国に求めるなど、リベラルな考えの持ち主。一方、聖職者による性的虐待などの問題への対応は不十分であるという指摘も。

  かつて、日本では「教皇」と「法王」という二つの表記が混在していた。外務省と日本政府は1942年のバチカンとの国交の樹立以来、「法王」という表記を使用していたものの、2019年11月のフランシスコ教皇の訪日を機に「教皇」に改めた4

ローマ教皇庁とは

  

 ローマ教皇庁は、ローマ教皇の行政を補佐する機関の総称。聖省、裁判所、官署、宮内部、委員会、研究所から構成される。カトリック教会を統治する中央機関であるとともに、バチカン市国の行政府でもある。

  起源は、ローマに在住する聖職者の中から教皇の補佐役が選ばれたところにあり、11世紀にはその役割は枢機卿に委ねられることになった。

  この枢機卿会の権限や規則が明確化され、教会を統治するための諸機関が儲けられたところに、現在の教皇庁の原型が形成される。

  とくに16世紀にシクストゥス5世による組織の整備は、教皇庁の発展において重要であった。そこで定められた枢機卿を長とする聖省の制度は、その後も長い間、基本的な機構として維持される。

  20世紀に入ると、ピウス10世による改革で、聖省を整理統合し、裁判所と事務局とを整理。1917年の教会法典により認められ、第二バチカン公会議の1967年にはパウルス6世(パウル6世)により機構が現代化される。

 さらにヨハネ・パウロ2世(ヨハネス・パウルス2世)による改革により現在の姿となった。

  教皇庁が位置するのがバチカン市国である。人口は800人(2011年データ)で、住民(国民)のほとんどは教皇庁に支える者でイタリア人。

 世界各地に大使館を有し、バチカン宮殿、サンピエトロ大聖堂など、著名な建築物が数多く存在する。

「2人のローマ教皇」問題

 
 ベネディクト16世の死去により、ここ10年ほどバチカンを悩ませてきた「2人のローマ教皇問題」は、図らずも解消されることになる。

  2013年に退位した前教皇であるベネディクト16世は、体は徐々に衰えつつも、知的であり、後継者の現教皇であるフランシスコ氏の「影に隠れていることができない」5ようだった。

 そのため、「2人の教皇」が対立する状況を生み出す。

  ベネディクト16世は、教皇を退位しても「名誉教皇」として、カトリック教会の主要な問題について執筆活動を行っていた。結果、さまざまな摩擦が生じる。

  たとえば、カトリック教会の内部では最近、既婚男性が司祭になることについての議論が起きていた。

 遠隔地での聖職者が不足している南米のアマゾン地域の司祭が2019年10月に先住民の既婚者の任命を例外的に認めるよう、フランシスコ教皇に提言。

  ローマ教皇庁に司教会議であるシノドスは、これを採択する。しかし、このシノドスの結論を酷評する書籍を出版したのが、ベネディクト16世であった。

  フランスの日刊紙フィガロが報じた同書の抜粋は衝撃的であり、バチカンによると、フランシスコ教皇はこの出版に強くいら立っていたという。

  このような2人の対立は、Netflix映画「2人のローマ教皇」の題材ともなった。

  1. NHK NEWS WEB「前ローマ教皇 ベネディクト16世の葬儀 バチカンで行われる」2023年1月6日、https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230106/k10013942291000.html
  2. 日本経済新聞「ローマ教皇とは 13億信者束ねるカトリック最高指導者」2019年11月24日、https://www.nikkei.com/article/DGXKZO52544760T21C19A1EA2000/
  3. 日本経済新聞、2019年11月24日
  4. 濵田理央「「ローマ法王」「ローマ教皇」正しいのはどっち?国交樹立した1942年からくすぶる“表記ゆれ”の経緯」HUFFPOST、2019年11月23日、https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5dd4af59e4b0e29d727ba8bc
  5. AFP BB NEWS「ローマ教皇が2人? 退位から7年、バチカンを悩ます前教皇の影」2020年2月27日、https://www.afpbb.com/articles/-/3269274
Translate »
PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました