Robert KarkowskiによるPixabayからの画像
インドの宇宙開発が、ここ1カ月にかけて大きく進んだ。2日、インド宇宙研究機構(ISRO)は、インドで初めてとなる太陽観測衛星の「アディティヤL1」の打ち上げに成功したと発表。
約4カ月かけて地球から約150万キロ離れた地点で太陽の周回軌道へ入り、地球上でオーロラを発生させる太陽からの粒子である「太陽風」について調べる1。
インドは太陽観測だけでなく、先月には月の南極付近に無人月探査機「チャンドラヤーン3号」を着陸させた。モディ首相は、米中が先行する世界の宇宙計画で、インドの存在感を高めたい考えだ。
一方、先月23日には、インドはチャンドラヤーン3号を、世界で初めてとなる月の南極地点に着陸させている。月面への探査機の着陸に成功させたのは、アメリカ、旧ソ連、中国につづき4カ国目。
月の南極地点への着陸については、先月20日にロシアの無人月探査機「ルナ25号」が制御不能になり月面に墜落したばかりであり2、インドとロシアとの明暗も分かれた。
南極付近の月面は、「非常に不均等」で「クレーターや岩が多く」3、着陸が難しい。インドも、2019年に月の南極への着陸を試みるも失敗に終わっている。
月の南極付近着陸の主なミッションの一つは、”水の氷”を探すことだ4。科学者らは、水の氷が見つかれば、将来的に人類の月での生活を支えてくれるだろうと考える。
また、火星やその他の遠方に向かう宇宙船の推進剤としても利用できるとのこと。科学者らによると、月面で永久に影になっている部分は広大であり、水の氷を蓄えている可能性があるというのだ。
インドの宇宙開発の歴史
インドの宇宙開発の歴史は、イギリスからの独立直後から始まる。インドは、1947年にイギリスから独立したあと、防衛技術と宇宙研究開発が非常に重要であると考える5。
1962年には、ヴィクラム・サラバイを議長とするインド国家宇宙研究委員会(INDIAN NATIONAL COMMITTEE for SPACE RESEARCH (INCOSPAR) )が組織された。
ちなみに、このヴィクラム・サラバイは、「インドの宇宙開発の父」とも言ってよい人物だ。
INCOSPARは、7年後に現在のインド宇宙研究機関ISRO (Indian Space Research Organization)に名前を変える。
ISROの初期のミッションは、人工衛星の打ち上げだ。というにも、インドは全土へのテレビ放送実現のために、人工衛星を使うことが最も効率的な手段であると考えた6。
衛星の活用は、地上波による放送と比べてもコストを下げることができたからだ。
ISROは、アメリカの「Scout Rocket」いうロケットをベースに、独自のロケット開発を始める。
「Satellite Launch Vehicle (SLV) 」と呼ばれるこのロケットはアメリカのミサイルの設計をもとにしたロケットであり、そのほかの技術(飛行制御、材料科学)などはドイツから導入した。
インド初の衛星は「Aryabhata」という衛星で、1975年にソ連のロケットで打ち上げられた。インド独自の最初のロケットSLVの打ち上げは1979年で、Rohini-1という衛星を打ち上げる。
SLVの成功を受け、ISROはPSLV(Polar Satellite Launch Vehicle)というロケットの開発に着手。1980年代前半からPSLVの試験に着手したが、最初に打ち上げに成功したのは1994年のこと7。
インドの宇宙開発の特徴は、少ない予算で成功を収めていることだ。予算の規模は、アメリカの30分の1、日本の半分にすぎない8。
アメリカの宇宙開発の予算は4.5兆円規模、日本は約3000億円であり、インドは1417億円(2017年)。しかし、非常に低価格で様々な偉業を達成している。
ハリウッド映画の製作費以下で月に行くインド
インドが打ち上げた無人月探査機「チャンドラヤーン3号」のミッションの予算は、ハリウッド映画『ゼロ・グラビティ』や『オデッセイ』などの宇宙を舞台にした映画製作費よりも少ない。
2020年にISROが提示した見積もりによると、今回のミッション全体のコストはわずか7400万ドル(約106億円)。
限られた予算で、世界で初めて月の南極付近への着陸という偉業を達成させたことは、これから宇宙開発ビジネスへ足を踏み入れる、とくに途上国にとっては”良いお手本”になる。
「秘密を全て教えたくはない」
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チャンドラヤーン3号の着陸機「ビクラム」が月面に到着して間もなく、記者団がインドの宇宙機関の責任者にどうやって成功させたのかと質問ると、ISROのS・ソマナス長官はこう述べる。そして、
「私が秘密を話せば、他の人たちが学び、コスト効率が非常に良くなるからだ」
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とつづけた。
コストを抑えることができた手段の一つとしては、ロケット科学者に支払っている報酬の少なさもあるが、インドの宇宙開発の技術革新という側面ももちろんある。
インドは1998年に核実験を行った。そのことにより国際的な制裁措置を受け、ISROは重要な部品を安価な国内労働市場に頼らざるを得なくなる。しかし、そのことが「災いを転じて福となす」こととなった。
結果、宇宙開発の国産化計画が活性化する。インドが使用する機器は、インド製が占めるようなり、よりコストを削減することができた11。
カナダ・マギル大学のラム・ジャクー教授(宇宙法)は、インドの宇宙計画の特徴を理解するには、ヒンディー語の「ジュガード」という言葉を知るのが役に立つと話す12。
「ジュガード」とは、安上がりで型破りな創意工夫を意味し、リソースの少なさを巧みなやり繰りで克服するやり方を指す言葉だ。
ロシアとの明暗分かれ、成功
旧ソ連、アメリカ、中国についで月面への軟着陸に成功した4番目の国となるとともに、世界で初めて月に南極付近に着陸したインド。
一方、ロシアの着陸機「ルナ25号」が8月20日に故障し、翌日に予定されていた月面着陸の準備中に墜落、インドとの明暗が分かれた形に。
ソビエト連邦時代のロスコスモスの前身が最後に月面着陸を成功させた1976年から、すでに半世紀あまりが経過。
現在のロシア民間宇宙計画の苦況を考えると、現場の士気は下がっているに違いないと、宇宙飛行関係のニュースを伝える独立系メディア「RussianSpaceWeb」の創設者兼発行人であるアナトリー・ザクは言う。
月の南極を目指す宇宙開発の道のりの険しさは、月ビジネスの発展が複雑で実現に数十年かかる可能性があることを示す。月の南極では、酸素やロケットの推進剤として利用できる水氷を採掘できる可能性がある。
また、「永遠の陽射しの頂」と呼ばれるほぼ絶え間なく太陽光が当たるスポットもあり、特に魅力的な場所だ13。とはいえ、実際のところ中国が初の着陸に成功するまで、月探査は数十年にわたって放棄されていた。
米航空宇宙局(NASA)は「アポロ」計画を1972年に終了しており、ソ連の1976年の「ルナ24号」が月面着陸に成功した最後の探査機となっていた。
そのため、とくにロシアにおいては、当時を覚えている当局の職員が限られている可能性があり、ロシアの”月面ミッション”の不確実性が増す。
さらにウクライナ侵攻をめぐる制裁により、資金が限られていることから、こうした今後のミッションは遅れる可能性が高い。
一方、インドや日本、イスラエルなどの国々は、月探査計画をゼロから練り始めている。インドは次に日本と協力することで、2026年以降に探査機「Lunar Polar Exploration(LUPEX)」を月面に向けて打ち上げる計画だ14。
- Nivedita Bhattacharjee「インド、太陽観測衛星の打ち上げ成功 月探査機の着陸に続き」REUTERS、2023年9月4日、https://jp.reuters.com/article/india-space-sun-idJPKBN3090EQ
- BBC NEW JAPAN「ロシア宇宙機関、無人探査機が「月面に衝突し消滅」 約半世紀ぶりの計画失敗」2023年8月21日、https://www.bbc.com/japanese/66562098
- BBC NEWS JAPAN「インドの無人探査機が月の南極に着陸 世界初」2023年8月24日、https://www.bbc.com/japanese/66601537
- BBC NEWS JAPAN、2023年8月24日
- 宙畑「インドの宇宙開発は何が凄いのか~PSLVロケット、技術、予算、計画~」2018年3月24日、https://sorabatake.jp/687/
- 宙畑、2018年3月24日
- 宙畑、2018年3月24日
- 宙畑、2018年3月24日
- Ben Cohen「インドの安上がりな月面着陸、ビジネスの教訓に」The Wall Street Journal、DIAMOND online、2023年9月6日、https://diamond.jp/articles/-/328747
- Ben Cohen、2023年9月6日
- Ben Cohen、2023年9月6日
- Ben Cohen、2023年9月6日
- RAMIN SKIBBA「月探査機の着陸にインドが成功、墜落したロシアとの明暗から“競争”の険しさが浮き彫りになってきた」2023年8月24日、https://wired.jp/article/indias-lander-touches-down-on-the-moon-russias-has-crashed/
- RAMIN SKIBBA、2023年8月24日