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9月17日と18日の2日間、レバノン全土でヒズボラの戦闘員が使用していたポケベルやトランシーバーなどの通信機器が相次いで爆発し、大きな被害をもたらした。この事件で、子ども2人を含む37人が死亡し、約3000人が負傷した。
爆発した通信機器は、約3000台のポケベルと複数のトランシーバーである。イスラエルの情報機関モサドが、ヒズボラが購入したこれらの通信機器に爆発物を仕込んだとされている1。
特に、台湾メーカー「ゴールド・アポロ」製のポケベル「AP924」モデル5000台に、モサドが遠隔操作可能な爆発装置を取り付けたとされており、各機器には約3グラムの爆発物が仕込まれていたと報告されている。
さらに、爆発したトランシーバーは日本のメーカー「アイコム」製である可能性が指摘されている2。
背面に「アイコム」のロゴがあったことが確認されたが、アイコム社の榎本芳記取締役は、製造段階で爆発物を仕込むことは「絶対にない」と断言し、過去に偽造品が出回ったことがあり、今回も偽造品の可能性が高いと述べた。
また、真贋を判別するホログラムシートが欠如している点からも、偽造品の疑いが強まっている。
ヒズボラは携帯電話の使用を控え、代わりにポケベルなどの旧式通信機器を使用していたが、今回の事件は、モサドが自らの信頼回復を狙って行ったとの見方もある。
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イスラエル、供給網に潜入・工作か?
ヒズボラは、携帯電話のセキュリティリスクを避けるため、主な通信手段としてポケベルを採用していた3。
ポケベルは携帯電話に比べて追跡が難しく、イスラエルの秘密情報機関による位置特定のリスクを減らすことができる。また、電子的な痕跡がほとんど残らないため、ハッキングや監視のリスクが低く、セキュリティ上の利点がある。
さらに、ポケベルはインターネットや携帯電話ネットワークを必要とせず、基本的なメッセージの送信が可能である。バッテリーの持続時間も携帯電話より長いため、長期間の使用に適している。これらの理由から、ヒズボラはポケベルを使用していた。
また、ヒズボラ指導者のハサン・ナスラッラーは、携帯電話がイスラエルによる追跡に利用される可能性があると警告していた。
しかし、今回の事件で明らかになったように、ポケベルにも脆弱性が存在していた。実際、イスラエルの秘密情報機関は、ポケベルの供給網に侵入し、爆発物を仕込むことに成功した4。
台湾のGold Apollo社名義を使用してハンガリーに設立されたBAC Consultingという偽装会社を通じ、ヒズボラに対して爆発物が仕込まれたポケベルを供給した。
また、ポケベルの単純な技術が、逆に高度な工作活動の標的となった可能性もある。
ハイテクとローテクのハイブリッド攻撃
今回のポケベル爆発事件は、ローテクとハイテクを組み合わせたハイブリッド攻撃の典型例である。
ヒズボラは、セキュリティの観点からスマートフォンよりもポケベルを好んで使用していた。
アナリストによると、ポケベルの内部に極小の爆発物が仕込まれていた可能性が高い5。これが、従来型の破壊工作手法に基づく「ローテク」部分である。
一方で、米国のシンクタンク「中東研究所」のチャールズ・リスター氏は、「通話やメッセージ送信を通じて遠隔操作で爆発が引き起こされた」と指摘している6。これが、最新技術を駆使した「ハイテク」部分にあたる。
さらに、イスラエルの情報機関がポケベルの供給網に潜入し、機器を改ざんした可能性も浮上している。これは、ハイブリッド戦争における非軍事的な手段の活用を示唆している。
事件の捜査はブルガリアやノルウェーにまで拡大しており、国際的な資金の流れにも関心が集まっている7。
また、台湾のメーカー「Gold Apollo」の社長は「送金に不自然な点があった」と証言しており、通常の取引とは異なる異常な動きがあったことが示唆される。
さらに、ブルガリアの企業「ノルタ・グローバル」がヒズボラへのポケベル販売を仲介した可能性も報じられている8。
「戦略ミス」の声も イスラエルの排斥進む
ポケベル爆発事件について、イスラエルの関与が指摘される中、この攻撃を「戦略ミス」とする見方も出始めている。また、国際法違反の可能性も指摘されており、イスラエルに対する批判が高まっている。
英BBCの安全保障担当記者フランク・ガードナー氏は、この攻撃を「イスラエルのオウンゴール」と評する。その理由として、大規模な戦闘の「直前」または「最中」に通信網を破壊することが効果的だったにもかかわらず、本格的な軍事衝突の兆候がない現段階で攻撃に踏み切ったこと、そして現時点での攻撃は「奇襲」としては早すぎたと分析している9。
また、英キングス・カレッジ・ロンドンのアンドレアス・クリーグ上級講師は、今回の攻撃が「民間人と戦闘員の区別」を定めたジュネーブ条約に違反する可能性を指摘している。一般市民にも多数の負傷者が出ていることから、国際法違反との非難が高まる可能性がある10。
一方、世界では徐々にではあるが、イスラエル排斥の動きが進みつつある。ベルギーのゲント大学の倫理委員会は、イスラエルの機関との共同研究すべてを打ち切るよう勧告した。この勧告は、軍事活動と無関係の研究分野(自閉症、アルツハイマー病、水質浄化、持続可能な農業など)にも及んでいる。
委員会は、学術機関の技術や知識が人権侵害に悪用される可能性を懸念している11。
- Jonathan Saul, Steven Scheer, Ari Rabinovitch「アングル:イスラエル軍の秘密情報部隊が関与か、ヒズボラ通信機器爆発」Reuters、2024年9月19日、https://jp.reuters.com/markets/global-markets/SZFA7PYLGZPOXL7BZD2TDRGE4E-2024-09-19/
- 日テレNEWS「“日本製トランシーバー”か レバノンでまた爆発 メーカー「偽物の可能性」」2024年9月19日、https://news.ntv.co.jp/category/international/4d2fe6221d8142cf8fddc06add152cbb
- Sudeep Singh Rawat「What are pagers? Why are they still being used to communicate by people?」Business Standard、2024年9月18日、https://www.business-standard.com/world-news/what-are-pagers-why-are-they-still-being-used-to-communicate-by-people-124091800424_1.html
- The Economic Times「Lebanon pager explosion: Why were pagers used, how did they explode, and how long was the operation?」2024年9月18日、https://economictimes.indiatimes.com/news/defence/hezbollah-pager-attack-why-were-pagers-used-how-did-they-explode-and-how-long-was-the-operation/articleshow/113447284.cms
- 時事通信ニュース「ヒズボラのポケベル爆発、イスラエルが供給網に潜入・工作か」2024年9月18日、https://sp.m.jiji.com/article/show/3340929
- 時事通信ニュース、2024年9月18日
- Reuters「ヒズボラのポケベル爆発、ブルガリアとノルウェーにも捜査拡大」2024年9月20日、https://jp.reuters.com/world/security/DOHMFTHJ4FN3NPM3BMCGDG76O4-2024-09-19/
- 金子淳「「送金が奇妙だった」同時爆発のポケベル、イスラエルが供給網侵入か」毎日新聞、2024年9月19日、https://mainichi.jp/articles/20240919/k00/00m/030/009000c
- 篠田航一「ポケベル爆発、イスラエルの「戦略ミス」指摘の声 国際法違反か」毎日新聞、2024年9月19日、https://mainichi.jp/articles/20240919/k00/00m/030/014000c
- 篠田航一、2024年9月19日
- Anat Peled and Carrie Keller-Lynn「イスラエル排斥、各国に新たな広がり ガザ攻撃受け」THE WALL STREET JOURNAL、2024年7月15日、https://jp.wsj.com/articles/the-boycott-against-israel-is-spreading-into-new-corners-of-society-4c35c886