Karen JackによるPixabayからの画像
毎年12月21日は「バスケットボールの日」である。この日は、1891年にバスケットボールを考案したジェームス・ネイスミス博士が、アメリカ・マサチューセッツ州スプリングフィールドで史上初の試合を行った日だ。
注目すべきは、その試合に日本人留学生・石川源三郎が参加していた点である1。バスケットボールは誕生当初から日本と接点を持っていたのだ。
要約
バスケットボールは教育と人格形成を目的とするネイスミス博士が考案し、YMCAを通じて世界へ広まった。誕生の瞬間には日本人留学生・石川源三郎も関与しており、日本とは初期から接点があった。
日本での定着は遅れたが、1990年代の『スラムダンク』やNBA人気を契機に文化として浸透。
2016年のBリーグ創設で競技は再統合・産業化され、地域密着とエンタメ性を両立する新たなスポーツモデルとして発展している。
記事のポイント
- バスケットボールは1891年に教育・人格形成を目的として誕生し、初試合には日本人留学生・石川源三郎が参加するなど、当初から日本と深い関わりを持っていた。
- 日本では長らく定着に時間を要したが、1990年代の『スラムダンク』やNBAブームを契機に若年層を中心に文化として浸透した。
- その流れを受け、2016年にBリーグが誕生し、競技の産業化と地域密着を両立させる日本型スポーツモデルへと発展している。
Summary
Basketball was invented by Dr. Naismith with the goals of education and character development, spreading worldwide through the YMCA. Japanese exchange student Genzaburo Ishikawa was involved at its birth, establishing early ties with Japan.
Its adoption in Japan was delayed, but it permeated as a cultural phenomenon in the 1990s, spurred by Slam Dunk and NBA popularity.
The establishment of the B.League in 2016 led to the sport’s reintegration and industrialization, developing it into a new sports model that balances community engagement and entertainment value.
Translated with DeepL.com (free version)

しかしながら、競技の日本社会への定着は容易ではなかった。明治期から戦中期にかけては野球が国民的スポーツとして発展する一方、バスケットボールは教育現場でわずかにプレーされる程度にとどまる。戦時下にはアメリカの文化的排除の影響を受けた。戦後も、野球やサッカーの人気に押されて競技基盤の整備と認知拡大には時間を要した。
この状況が大きく変わったのは平成の時代になってから2。1990年代に連載が始まった漫画『スラムダンク』とともに、競技も若年層を中心に爆発的な支持を獲得した。影響は国内にとどまらず、アジアを中心に広がり、日本発のバスケットボール文化として新たな文化的交流を生み出していく。
そしてこの流れを受け継ぐ形で、2010年代には日本バスケットボール界が再統合へと動き出し、2016年のBリーグ誕生へとつながっていった。
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なぜバスケットボールは接触を制限したのか――ルール考案者の思いとは
バスケットボールは、19世紀末のアメリカ社会において、都市化にともなう若者の運動不足や精神的荒廃に対処するために、規律と道徳を育成しようとする教育的要請の中から生まれた3。

