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ロシアによるウクライナへの軍事侵攻のなかで注目を集めているのが、ウクライナのゼレンスキー大統領だ。
大国・ロシアに対し一歩も引かない姿勢は、ウクライナ国民に支持され、伝統的に政治家への信頼がなかったウクライナにおいて、支持率が91%にまで上昇。
ボロディミル・ゼレンスキー大統領は、ウクライナの東部に生まれた。44歳。ロシア語も堪能。もとは、ウクライナ国内でコメディアンや俳優として活動していた。
自身が大統領の役として出演したドラマが大ヒットし、2019年、政治経験が一切ないまま大統領に立候補するも、若者を中心に幅広い支持を集め、決選投票では70%を超える得票率により、現職のポロシェンコ氏に勝利。
政治姿勢としては、欧州との統合を訴える一方、対ロシア政策では強硬派であったポロシェンコ氏とは違い、ロシアとの対話を重視する姿勢も見せた。
一方で、ロシアは東部でウクライナ政府軍と戦闘を行っていた親ロシア派の武装勢力を支援、ウクライナ東部の住民にパスポートを発行するなど、ゼレンスキー政権に圧力をかけ続けた。
そのため、国内ではゼレンスキー大統領に対し、「弱腰だ」との批判が上がったほか、経済の立て直しに対し政治手腕を不安視する声も強まり、支持率は昨年、30%台にまで低迷した。
しかし、2月24日からロシアの軍事侵攻が始まると、ゼレンスキー大統領は徹底抗戦の構えを示し、SNSを駆使して国内外に動画やメッセージを積極的に発信。
とくに今月7日に投稿した動画では、キエフ中心部にある大統領府の中にとどまっていることを明かし、徹底抗戦を訴えた。
そのような姿勢がウクライナ国民に支持され、軍事侵攻の直前の先月23日に41%だった支持率は、現在、91%にまで上がった。
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経歴
ゼレンスキー氏は2019年5月20日、大統領に就任。ゼレンスキー氏の当選により、ウクライナはイスラエル以外で唯一、大統領と首相の両者がユダヤ人である国となった。
ゼレンスキー氏は、1978年1月、当時のウクライナ・ソビエト社会主義共和国のロシア語圏であった都市であるクリヴァー・リフに生まれる。12歳のとき、ソビエト連邦が崩壊、ウクライナが独立する。
父親はソ連の経済学研究所のコンピュータサイエンスの教授、母親は元エンジニアのユダヤ系の家系。祖父はソ連軍としてナチスと戦い、また親戚の多くがホロコーストにより殺されたという。
17歳のとき、地元のコメディ劇団に入り、ロシアのテレビ番組で寸劇や即興を披露。その後、友人たちとテレビ番組の制作会社「Kvartal 95」を設立。
ゼレンスキー大統領の元財務・防衛大臣のOleksandr Danyliuk氏は英国「Sky News」に対し、批判はたくさんあったが、今はもう意味がないため、どんどん少なくなっている」と語る。
汚職の撲滅には失敗したものの、彼への過去は大目に見られている。
ウクライナの政治制度
「大統領」とはいいながらも、ウクライナはアメリカのような大統領制とは違い、フランスのような「半大統領制」の制度をとる。
半大統領制とは、議員内閣制の枠組みをとりながらも、大統領が大きな権限を持つ政治制度である。ただ、議員との兼務はできない。
大統領というとまず思い浮かべるのが米国であるが、米国の大統領は国家元首であるとともに行政府の長でもあるが、議会の解散権はもっていない。
同時に、議会も大統領に対する不信任の決議権がなく、大統領と議会は互いに独立し、均衡した関係だ。
他方、フランスでは行政府に国民より直接選出された大統領とは別に、「首相」と「内閣」が存在、内閣は「議会」だけでなく国家元首である「大統領」にも責任を負う。
フランスでは内閣の構成員は国会議員など他の公職を兼任することはできない。フランスでは国家元首が直接、国民により選出される大統領であり、かつ大統領が強い権限を持つ。
ウクライナの大統領は、憲法の規定により、元首として国家を代表し、国家主権、領土一体性、憲法、国民の権利および自由を擁護する義務を負う。国民の直接選挙により選ばれ、任期は5年で、2期まで再選が可能。
大統領は、最高会議の同意を得て首相を任命し、首相の提案により閣僚および地方国家行政機関の長を任命する権限、単独でこれらの者を罷免する権限と持つ。またウクライナの大統領は、国家安全保障国防会議を主宰する。
政治家として
ゼレンスキー氏は2019年5月20日、大統領に就任。ただ、自身の汚職に関する疑惑は、対ロシア政策の問題から、人気はそれほど高くはなかった。
とくに、代表作である「国民のしもべ」を放送したテレビ局「1+1」の株式の70%を保有する富豪であるイーホル・コロモイスキー氏との疑惑を問題となった。
あるいは、大統領就任からわずか2カ月で、米国ドランプ前大統領の弾劾裁判に関係するスキャンダルに巻き込まれた。
パンドラ文書では、ゼレンスキー氏と彼の親しいアドバザー2人が英国領バージン諸島やキプロス、ベリーズにまたがるオフショア企業のネットワークを持っていることが明らかに。
しかしゼレンスキー大統領の元財務・防衛大臣のOleksandr Danyliuk氏は英国Sky Newsに対し、
彼に対する批判はたくさんあったが、今はもう意味がないため、どんどん少なくなっている。
と語り、
我々は団結し、国を守る必要がある。多くの人が政治的メッセージに耳を貸さなくなり、自分の住む場所を守ることを考えていると思う。
と述べた。
コメディアンとして
フィクションで大統領を演じたコメディアンが、現実に大統領となり、大国ロシアに立ち向かう。ウクライナ国民は、その現実を直視している。
ゼレンスキーを本当の”有名人”としたのは、2015年のシットコム「国民のしもべ」(「Servant of the People」)。ウクライナの政治をよく捉え、風刺し、権力の中枢に一般人が入ってしまう様子を描く。
さらにゼレンスキー氏は、ロシア語で大統領の役を演じていた。そして、選挙に出るためにつけられた政党名はそのまま「国民のしもべ」となる。
また、彼のコメディアンとしての経歴として、映画「パディントン2」のウクライナ版でパディントンベアの声を務めたほか、これまで12本のコメディと1本の映画に出演した。
俳優として
ゼレンスキー氏は、俳優としても活躍した。2005年、「三銃士」のミュージカル・コメディ版でダルタニアン役を演じ、俳優・脚本家としてデビュー。
その後、「ノー・ラブ・イン・ザ・シティ(No Love in the City)」、「伍長VSナポレオン(Corporal vs. Napoleon)」、「8つのファースト・デイト(8 First Dates)」、「ラブ・イン・ベガス(Love in Vegas)」などの作品で、脚本・主演を務めた。
だが、特別には演劇などを勉強したわけではなく、彼自身は、2000年にキエフ国立経済大学で法律の学位を取得。在学中に演劇やコメディで活躍。
もとは1997年に彼が率いるコメディ劇団「クバルタル95(Kvartal 95)」が、即興コメディコンテストである「KVN」に出演した様子がテレビ放映され、ゼレンスキー氏はその後、は番組のレギュラー出演者となった。
その後、共同設立したプロダクションでる「スタジオ・クバルタル95」が製作した数本の映画で脚本と主演と務める。
2015年から19年に放送された「国民のしもべ」では、理想主義者の学校教師を演じる。汚職がはびこるウクライナで、教師として政治腐敗について熱弁をふるう動画が拡散、最終的には大統領にまでなってしまう、というストーリーだった。
戦時下のリーダーとして
戦時下にリーダーとしての活躍ぶりは、他国の指導者も認めるとことだ。
2月26日、英国のポリス・ジョンソン首相はゼレンスキー氏と会談後、
ゼレンスキー氏とウクライナ国民の驚くべきヒロイズムと勇気を称賛する。ウラジーミル・プーチン露大統領は事前に計算していた以上に大きなウクライナの抵抗に遭っている。
と発言した。
あるいは、ゼレンスキー氏と当初、足並みが乱れていた米国バイデン大統領も25日、電話で首脳会談を行い、
自国を守るために戦うウクライナの人々の勇敢な行動を称賛する。
と激励するコメントを出す。
26日には、ゼレンスキー氏は自身のSNSで、
「私はここにいる。私たちは武器を捨てない。祖国を守る。武器は私たちの力だ。ここは私たちの土地だ。私たちの祖国。私たちの子供たち。私たちは彼ら全員を守る。
と最後まで戦う覚悟を表明。
一方で、新型コロナウイルスへの対策では失敗続きであったことは付け加えておきたい。
ウクライナのコロナ渦での死者は、約10万5500人。人口100万人当たりの死者は2437人で、ロシアの2403人や欧州最大の被害を出したイギリスの2354人を上回る数だ。ワクチン接種回数も100人当たり73回に届かず、経済も落ち込む。
SNS時代のリーダーとして
ゼレンスキー氏はSNSを効果的に使う大統領としても注目を集めた。
欧米のメディアが、ゼレンスキー氏を米国や英国など国外に逃亡させ「亡命政府」の樹立を視野にいれたことを伝えた際、ゼレンスキー氏は、SNSに「私は大統領府にいる」と投稿。ロシアに徹底抗戦する構えを示す。
さらに執務に使う机に座り、9分間にわたり演説する動画を投稿、「私はこのままキエフにいる」などと語った。
このあり様は、ロシアが戦況などに関する報道を規制するのとは対照的。
ゼレンスキー氏は、自身の姿と主張を毎日のようにTwitterなどで発信。大統領だけでなく、ウクライナ政府側も、戦場の写真や民間の被害の状況、捕虜とされるロシア兵がロシアへの非難を訴える動画も投稿する。
このSNSでの抗戦を支えるのが、ミハイロ・フェドロフ副首相。SNSマーケティングを手掛ける企業を創業した経験をもつなど、実際にITの知識が豊富だ。
今後の見通し
ゼレンスキー大統領をめぐる今後の見通しとしては、ロシアがゼレンスキー氏自身の身柄の確保まで踏み切るか、あるいはゼレンスキー氏がウクライナの「中立化」まで本当にこのままの状況下で妥協できるかが焦点だろう。
12日放送の読売テレビ「あさぱらS」で解説委員長の高岡達之氏は、
あの人がロシアに連れて行かれることを世界中がどう思うかです。ヨーロッパ、アメリカ側は彼を救い出したい。そしてウクライナが占領されても亡命させる選択をしたいでしょうが、ロシアは彼が絶対必要です。彼を連れて行って、彼が全部悪いんだということをロシア人と世界中に映像で流さないと、ロシアが悪いことになってしまう。だから、ゼレンスキーの身柄がこれから勝負です。
とコメントした。
一方、ゼレンスキー氏は9日、ドイツビルト紙へのインタビューで、
あらゆる交渉で私がめざすのはロシアとの戦争を終わらせることだ。一定の手段を講じる用意もある。
と語る。
実際、ウクライナの与党は一定の条件下で、北大西洋条約機構(NATO)への早期加盟を断念する考えも示す。
また、ドイツ通信によると、ゼレンスキー氏の外交アドバイザーは8日のドイツ公共放送ARDで、ウクライナの「中立国化」について話すことも否定しないと述べた。
10日にはトルコ・アンタルヤで、ウクライナのクレバ外相とロシアのラブロフ外相が会談した。ロシアがウクライナ侵攻を始めて以来、最高レベル首脳での会談となった。
あるいは、ロイター通信によると、ロシア外務省のザハロワ報道官は9日、ウクライナ政府の転覆は目的ではないとした。