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フランス大統領選決選投票は日本時間4月25日午前3時に締め切られ、現職の中道・マクロン氏が極右政党のルペン前党首をやぶり、再選を決めた
フランス内務省によると、日本時間午前8時すぎの段階(開票率99%)の段階で、マクロン大統領の得票率は58.4%、ルペン氏が(41.6%)となった。
それに先立ち、公共放送「フランス2」は日本時間午前3時に、マクロン氏の再選が確実となったと報じた。
ルペン氏を支持する支持者が集まったパリ市内の会場では、マクロン大統領の「再選確実」という速報が流れると、ため息とブーイングが入り混じった声は広がった。
20代の男性「勝てると信じていたので心から失望しました。マクロン大統領の再選には恥ずかしい思いがするし、この先5年間、フランス社会はさらに厳しい時期を迎える」
NHK NEWS WEB 「【詳細】フランス大統領選 現職のマクロン大統領が再選」2022年4月25日付
5年前からルペン氏を応援してきたという男性「フランスの誇りとアイデンティティーを取り戻せるのは彼女だけだ。5年後は60%の支持を集めることだってできる。フランス初の女性大統領になってもらうように支持し続けたい」
NHK NEWS WEB 「【詳細】フランス大統領選 現職のマクロン大統領が再選」2022年4月25日付
40代の女性「敗北にはがっかりしたが大いに健闘したのではないか。ことし6月の国民議会選挙にむけて弾みがつく内容だと思う。強い野党を結成し、マクロン大統領の政治を打破できるようルペン氏をしっかりもり立てていく」
NHK NEWS WEB 「【詳細】フランス大統領選 現職のマクロン大統領が再選」2022年4月25日付
フランスの現職の大統領が再選を決めるのは、シラク氏(死去)が2002年に再選を決めて以来、20年ぶりのこと。フランスでは近年、政治が不安定化、大統領が1期で変わることが多かった。
そもそも中道左派のオランド氏(2012年~17年)は不人気で2期目への出馬さえしなかった。その前の中道右派のサルコジ氏(2007年~2012年)も2期目はかなわなかった。
フランス政治を支えてきた二大政党制そのものへの不信感が高まっているのが現状だ。
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選挙結果
「イプソス」による調査によると、マクロン氏の予想得票率は58.5%、ルペン氏が41.5%。一方、投票棄権率は28.2%と予想された。フランスは現在、春休み期間中であることや、両候補者への不信感が背景にあるという。
現職の再選は2002年のシラク氏以来となるが、ロシアによるウクライナ侵攻により候補者の間で十分な論戦がなされず、投票率も過去2番目に低い数字となった。
内務省によると、棄権票と白票を除き、マクロン氏に投票したのは、全有権者の約39%と、1969年のポンピドー氏に次ぐ低い水準だった。
マクロン氏も勝利宣言の際にこのことに触れ、
極右政権を防ぐため私に投票した人や棄権を選んだ人、ルペン氏に投票した人たちに対しても責任を負っている。この5年間で彼らに対しても答えを出す
と語る。
他方、ルペン氏は3度目の挑戦で過去最多の1300万票超を獲得。
40%以上の得票率は勝利だ。マクロン氏に対する国民の不信感は無視できない
とルペン氏は述べた。
結果的に、ルペン氏は得票率を前回から34%伸ばした。ルペン氏をかつてのように「国家の敵」とみなす人が明らかに減少し、あるいは財政の健全化を優先し、増税や定年の延長など”国民の痛み”を強いるマクロンを嫌悪する人も増えた。
ルペン氏が4月21日に最後の大規模集会を開いた、北部の中規模な都市アラスでは、
物価高で苦しくなった生活を変えてくれるのはルペンだけ
との答えが目立った一方、党が旗印とする移民や外国人の抑制策については
この街に移民は少ないから重視していない
と語る人が多かった。ルペン氏の極右政策には目をつぶり、バラマキ的な経済対策を評価する支持層は、とくに疲弊した地方都市に多いという。
経緯
前回の2017年決選投票でも相まみれたマクロン氏とルペン氏。そのときには、マクロンしが66%獲得し、大勝していた。
今回の選挙戦終盤には、一時、支持率でマクロン氏とルペン氏は並んだ時期もあった。他方で、二人はあらゆるテーマで対立する。
それは、移民問題や民主主義についての考え、それから国民投票においての姿勢まで多岐に及ぶ。マクロン氏はそもそも、「親ヨーロッパ」の基盤のもと、2017年に大統領に選出。
マクロン自身も、「ヨーロッパの主権」を重視し、「ヨーロッパ共通の防衛」を構築しようとしている。
他方、ルペン氏が目指す思想はあくまで「国家の集合体としてのヨーロッパ」止まり。確かな国益のもと、防衛政策や移民、経済、保健など、さまざまな分野においてフランスの国家としての主権を取り戻そうとする。
たとえば、EUと一括りにいってもフランスとドイツが置かれる状況だけでも正反対だ。ドイツは巨額の貿易黒字を抱え、他方、フランスは赤字を抱える。フランスは、「ヨーロッパの軍隊」を望むが、ドイツはあくまで米国の軍隊に守られることを望む。
移民についても正反対。マクロン氏は移民を抑制するどころか、不法移民についても寛容だ。他方、ルペン氏は、たとえばフランス国内のイスラム教徒の女性のベール(ブルカ)の禁止を訴えた。フランス国内には500万人、人口の8%のイスラム教徒がいる。
複雑な論点も存在。今回、ルペン氏が掲げる最も重要な政策として、年金開始年齢を60.7歳から62歳へと戻し、以前の状態に戻そうとした。
他方、マクロン氏は財源不足を理由に65歳まで引き上げることを公約とした。一方で、ルペン氏得票率の上昇と一因となったのは、”弱者の救済”を掲げたことだ。
最低賃金の引き上げ、ガス、燃料、電気についての消費税(付加価値税)の値下げといった個人が関わるものから、EU加盟国およびそのほかの国との自由貿易協定の見直しを目指した。
マクロンとは
エマニュエル・ジャン=ミシェル・フレデリック・マクロンは、1977年12月21日、フランスのソンム県に生まれた。前オランド大統領の下、2012年5月に大統領府副事務総長に就任。
2014年8月からは内閣において、経済・産業・デジタル大臣に任命。2016年8月、翌2017年の大統領選挙に立候補するため、大臣職を辞任した。
パリ10大学(ナンテール)大学を卒業後、財政監査官、投資銀行勤務を得て政治の世界に進む。5年前の初当選時、ナポレオン3世を下回る、39歳の史上最年少で大統領に就任した。
5年前は、25歳年上の夫人との馴れ初めが、日本でも注目を集めた。マクロンの両親も、ブリジットに思いを寄せていることは分かっていたらしく、両親はブリジットにマクロンが18歳になるまで近寄らないように依頼、またマクロンに対しても遠方の大学に行くよう要求していた。
マクロンが妻であるブリジットと出会ったのは15歳のとき。そのときブリジットは教師であった。二人の年齢は40歳と15歳。二人の関係は、教師と生徒であった。しかも同じクラスには、マクロンと同じ年のブリジットの娘も在籍していた。ブリジットがラテン語とフランス語、演劇を教えていた。
しかし、そんな浮ついた話は、現在では遠い過去のようだ。大統領就任後、マクロンの評判は大きく傷つく。もともと、フランス国民は自国の大統領を嫌う風潮があるようだが、マクロンさえ例外ではなく、今では「最悪の中の最善」と呼ばれるようになった。
「NATOは脳死状態にある」などの失言も目立ち、”若気の至り”の雰囲気がいなめない。昨年までは、”欧州の顔”であったメルケル前首相の庇護もあったが、これからはマクロン自身が欧州の顔になるべきだった。しかし、そこまでの実力はまだ彼にはない。
ルペンとは
マクロンと対したルペンは、どのような人物なのだろうか。1968年、極右政党「フランス国民戦線(FN)」を創設した父ジャン・マリの三女としてパリ郊外に生まれる。
8歳のとき、父を狙った爆弾テロで自宅アパートを破壊され、学校でも「極右政治家の娘」としていじめにあったという。
パリ第2大学で刑法を専攻し、弁護士資格を取得。1986年に国民戦線に入党、党の法務を担当した。2003年に副党首となり、父が2007年に大統領選に出馬した際には、選挙対策責任者となる。この頃からメディアの注目を集めるようになった。
2004年には、欧州議会議員にも選出。2011年、父に代わり党首に選任されると、すぐさま極右政党としてのイメージの刷新に乗り出し、支持の拡大を図った。
党員には人種差別や親ファシズム、ホロコーストを容認する発言を禁じ、2015年には度重なる問題発言をやめない父を除名処分とした。
経済面においても、父の時代の自由主義路線から保護主義へと転換。大統領選では、「フランス第一主義」を掲げ、主にEUからの離脱、通貨「フラン」の復活、国境警備の強化、移民の制限、NATOの軍事部門からの撤退などを主張した。
他方、防衛予算の引き下げ、週労働時間35時間制の維持、年金開始年齢の引き下げといった、リベラル的な公約を掲げた。
あるいは旧来であれば、保守層が反発する妊娠中絶の権利も認め、同性愛にも寛容であるとされる。
自身は、若いころに夜遊びを繰り返し、「ナイトクラバー」というあだ名がついたほど。園芸や猫好きで、動物愛護活動に熱心な側面も持つ。
2017年にマクロンに敗れて以降を、ルペンは路線変更。父が立ち上げた「国民戦線」という名称を「国民連合」へと変更するなど、父との訣別を図ってきた。その路線変更を、フランスメディアは「脱悪魔化」という。
一方で、決選投票を前に著名なスポーツ選手がフランス紙で共同声明を発表、
2024のパリ五輪を極右政権で迎えるわけにはいかない
とマクロン大統領への投票を呼び掛けた。
マクロン大統領の5年間
マクロン大統領1期目のここ5年間は、フランスでもさまざまなことが起こった。前半は、「黄色いベスト運動」や年金改革反対のストなど、市民との深刻な対立とストが生じる。後半は、コロナ渦とウクライナ危機が襲った。
2017年の政権発足後、マクロン大統領は、高度技術立国のための5年で570億ユーロ相当の投資計画、金融所得への統一税(30%)導入、連帯富裕税を不動産富裕税へ改正、法人税率の引き下げ、家計の購買力の向上、住居税の減税、CICE(競争力強化と雇用のための税の控除)、CGS(一般社会税)の税率引き上げと従業員負担分の健康保険料・失業保険料の廃止後のCGSへの移管など、オランド政権時代の継承と、EUルールにおける財政健全化といった目標を掲げた。
分かりやすくいえば、所得の均等や雇用の創出というよりも、財政規律、雇用や分厚い失業手当よりも就労の促進という、いうなれば、新自由主義的な政策が垣間見られた。
しかし、実際には、大統領が掲げた5年間の経済政策は、年金改革反対デモや新型コロナ対応、あるいはウクライナ危機のため、ほとんど実行されなかった。
新型コロナ対策はどうだったか。2020年には、戦後最悪のGDPマイナス7.9%としてその影響は表れたが、1000億ユーロ(約1兆3000億円)規模の破格の対策を行う。
具体的には、雇用持続化給付金、自営業者連帯基金、低所得者世帯救済金で構成され、一定の効果はあったとされる。
他方、コロナ禍においては一時雇用、期限付き雇用、派遣雇用などの雇用形態がフランスでも増え、あるいはテレワークやフリーランス、自発的な大量離職者を生み出した。また、ワクチン未接種者に対してマクロン大統領が浴びせた発言は論議を呼ぶところ。
一方、上院が3月に公表した報告書にて、「アメーバのように広がる現象」と批判した政府による民間コンサルタント・マッキンゼーの利用は、フランスのマッキンゼーが、過去10年間、法人税を払っていないことも分かり、金融検査局が予備調査を始めるまでになった。
~つづく~
参考文献
岩佐淳士『「父と決別」ルペン氏、継承した政権への執念 仏大統領選決選投票』毎日新聞デジタル、2022年4月24日、https://mainichi.jp/articles/20220424/k00/00m/030/118000c。
大八木友之『フランス大統領選にみた「極右」から「普通の政治家」への変貌 ルペン氏敗れるも『脱悪魔化』に成功』MBS NEWS、2022年4月26日、https://www.mbs.jp/news/column/scene/article/2022/04/088713.shtml。
「【詳細】フランス大統領選 現職のマクロン大統領が再選」NHK NEWS WEB、2022年4月25日付、https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220425/k10013593101000.html。
瀬藤澄彦『マクロン大統領選挙と経済政策の総括』世界経済評論、2022年4月11日、http://www.world-economic-review.jp/impact/article2499.html。
『フランス大統領選、再選はシラク氏以来 政治不安定化で』日本経済新聞、2022年4月25日、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR22E5J0S2A420C2000000/?unlock=1。
『【マッキンゼー問題】民間コンサル多用発覚で、大統領戦に影響?』acuueil-OVNI、2022年4月6日、https://ovninavi.com/mckinsey/。
吉川慧『フランス大統領選でマクロン氏が「再選確実」も投票棄権率は“1969年以来の高水準”に』BUSINESS INSIDER、2022年4月25日、https://www.businessinsider.jp/post-253528。
レジス・アルノー『フランス大統領選「マクロン」「ルペン」決定的違い最後に肉薄したルペンが当選したらどうなる?』東洋経済ONLINE、2022年4月24日、https://toyokeizai.net/articles/-/584242。