HANSUAN FABREGASによるPixabayからの画像
6月29日、米連邦最高裁はアメリカの大学の入学選考で黒人などを優遇する積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)について、憲法が定める「法の下の平等」に反するとし、違憲であると判断した。
違憲判断は、最高裁判事9人のうち、ロバーツ長官ら保守派6人による多数派違憲。ロバーツ長官は、大学が
「能力ではなく、肌の色が基準になるとの誤った結論を下してきた。憲法はそのような選択を容認しない」
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と指摘。一方、リベラル派のソトマイヨール判事は、
「長年の判例と大きな進展を後退させることになる」
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と懸念を示す。
米メディアによると、同様の措置は1978年に最高裁が合憲と判断。バイデン大統領は、
「数十年続いてきた判例を覆した。強く反対する」
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と演説し、教育省に対応措置を指示した。
訴訟は、選考で不利になったとし、不満を訴える保守系の学生団体が、ハーバード大とノースカロライナ大学を相手に提起。
私立のハーバード大については連邦政府の資金支援を受けながらアジア系の出願者を差別し、公民権法に違反すると主張。公立のノースカロライナ大については、憲法に反すると主張した。
アファーマティブ・アクションとは、アメリカにおいて長年にわたり差別を受けてきた黒人をはじめとするマイノリティー集団や女性に対し、経済的・社会的地位の改善、向上を目的に連邦政府や地方自治体、民間企業、大学などが進めてきた差別是正のための特別措置(積極的措置)の総称3。
具体的な事例としては、政府の調達契約の一定部分を少数集団や女性が所有する企業に発注したり、少数集団や女性の進出が著しく立ち後れている職種へ優先的に採用、昇格を行ったり、大学入学の際に人種を考慮したりする、などがある。
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最高裁の保守化
今回のハーバード大などの入学選考で黒人や中南米系を優遇する積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)を違憲と判断した米最高裁の判決は、共和党のトランプ政権下で一気に保守化した司法の影響を映し出す。
トランプ政権下で、連邦最高裁判事の構成は「保守6、リベラル3」となり、保守寄りの判決が目立ち始め、アメリカの司法は「超保守」の時代に突入した。
トランプ大統領は、自身の政権の4年間で最高裁判事を3人任命した。これは”異例”といってもよい多さだ。トランプ氏の前のオバマ、ブッシュ、クリントンの3代の大統領は、いずれも2期8年間の政権だったが、最高裁判事任命の機会はいずれも2人分だけ。
その前のG・H・Wブッシュ政権(1期4年)の判事任命機会は1人で、3人分あったのは、1980年代のレーガン政権まで遡る。ただ、それでレーガン政権もトランプ政権の倍の2期8年だった4。
アメリカの最高裁判事の場合、日本の最高裁判事のような定年はない。1度選ばれたら、任期は終身で、50歳台に就任することが多いため、約30年間は判事の座にとどまるのが一般的だ。
つまり任期中の死亡や高年齢で引退するまで判事の座は約束されている。
トランプ氏の場合、死亡した判事分が2、引退表明の判事分1の3つの任命がたまたま集中した。しかし、その帰結としてアメリカ司法の「超保守化」という実態がある。
超保守化の実態は、昨年6月の人工妊娠中絶を憲法上の権利として認めた1973年の「ロー対ウェード」判決を最高裁が覆すなど、すでに現実化。
また来年の大統領選の共和党候補指名を狙うトランプ氏は、「司法の保守化」を自身の功績として掲げている1。
失われていく多様性
是正措置の目的は、歴史的に差別されてきた少数派の社会進出だ。貧困や環境が原因で高等教育が受けられず、就業の機会も限定される”負の連鎖”を断ち切ることを狙った。
とくに大学入学選考の判断基準となる大学進学適正試験(SAT)の成績や課外活動の経歴は、「本人の能力より、家庭の経済力が影響する」5という現実も。
しかしながら保守派の反発は根強く、ニューヨーク・タイムズ紙によると、カリフォルニア州やミシガン州など9つの州では、すでに是正措置の適用は廃止されている。
そのため、有名州立大では、とくに現在黒人の入学者の減少が顕著に表れており、カリフォルニア州ロサンゼルス校では2006年時点で新入生のうち黒人はわずか2%程度。ミシガン大では2006年に7%だった黒人の数が、2021年には4%にまで落ち込む。
最高裁に今回提出された意見書でも、是正措置が無くなれば競争の激しい名門校で黒人の入学者が5割以上も減り、
「1960年代初めの低水準に後戻りする」
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おそれがあると指摘。代わりに白人とアジア系が増えるとした。
ただ、昨年実施された世論調査によると、白人の79%が人種を選考基準とすべきではないと答える一方、アジア系は63%で、黒人の59%とそう変わりはなかった。アジア系の市民団体は、声明で、
「白人至上主義的なテーマを押し進めるための手先として操られた」
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と発表。保守派は戦略的にアジア系への差別を強調して少数派同士の争いに持ち込んだと非難する。
アファーマティブ・アクションの違憲判決の影響は、大学にとどまらない。アメリカの一部企業でも従業員の多様性を確保する取り組みが制限され、訴訟を起こされる可能性が高まるとも。
ハーバード大学は「白人のコネ入学が多い」という実態も
他方、ハーバード大をめぐっては、別の問題も取り沙汰されている。
3日、人権団体「公民権を求める弁護士たち」が、ハーバード大学の入学選考で大口の寄付者や卒業生の子弟らを優遇する制度について、対象者が白人に偏っているとし、教育省に対し、大学を調査して是正措置を命じるよう申し立てた。
人権団体は、黒人らへの優遇制度を巡る裁判の過程で実施された入学選考の実態調査に基づき、
「大口寄付者や卒業生の子弟らを優遇する制度の対象者の約7割は白人だ」
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「寄付関連で優遇された志願者の合格率は他の志願者の約7倍だ」
などと説明。人種差別を禁じた公民権法に違反すると訴えている。
ハーバード大では「大学の多様化」を名目とした人種優遇制度のほかに、学部長の推薦者、卒業生や教職員の子弟、優秀な運動選手らを優遇する制度(ALDC)が存在。
私立大学として、経営安定化や環境整備のため、大口の寄付者の関係者や、寄付が見込める卒業生の子弟らを優遇してきた側面があるものの、卒業生や富裕層が多い白人の優遇につながっているとの批判があった。
非営利・無党派の民間調査機関「全米経済研究所」による2010~15年の入学者の調査によると、白人学生の約43%はALDCで入学していたが、黒人、中南米系、アジア系はそれぞれ13~15%程度。
また、ALDCで入学した白人の約4分の3は、優遇がなければ入学基準に達していなかったと推定された。
人種、卒業生の子弟、運動選手の優遇がなくなれば、アジア系が約1・5倍に増え、「コネ」がない白人も増える一方、中南米系は約4割、黒人は約3分の1に減少するとも試算され7、問題はより複雑さを増す。
- ワシントン=共同「米大学の人種優遇 最高裁「違憲」」西日本新聞、2023年7月1日付朝刊、3項
- 共同、2023年7月1日
- 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
- 前嶋和弘「アメリカ最高裁「超保守化」は何を意味するのか」Yahoo!ニュース、2021年7月16日、https://news.yahoo.co.jp/byline/maeshimakazuhiro/20210716-00247210
- ニューヨーク・ワシントン=共同「広がる格差、黒人学生減少も」西日本新聞、7月1日付朝刊、3項
- 秋山信一「米ハーバード大「コネ入学、白人多い」 人権団体が調査申し立て」毎日新聞、7月4日、https://mainichi.jp/articles/20230704/k00/00m/030/019000c
- 秋山信一、2023年7月4日