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映画製作は、「ハイリスク・ハイリターン」と昔からいわれている。1本の映画をつくるためにかかる費用は、日本映画では、高いものでは数十億円、平均的には数千万円とされる。
しかし、どれだけお金をかけたとしても、映画というものは必ずヒットするとは限らない。さらにヒットしたとしても、かけた費用の分だけの収益を確実に稼げるとはいえない。
前回までの記事
映画版「鬼滅の刃」歴代興行収入1位の影で危惧される日本映画界の未来 〜1〜 「東宝一強体制」の映画界に未来はあるか!?
映画版「鬼滅の刃」歴代興行収入1位の影で危惧される日本映画界の未来 〜2〜 東宝一強体制のかげで失われる映画の多様性
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映画版「鬼滅の刃」歴代興行収入1位の影で危惧される日本映画界の未来 ~4~ 懸念される映画体験の格差
映画版「鬼滅の刃」歴代興行収入1位の影で危惧される日本映画界の未来 ~5~ 映画上映スクリーンが足りない!
目次
- 映画の制作と製作
- 「製作会社」「配給会社」「興行会社」
- ハリウッド映画製作の歴史
- 日本映画ビジネスの現状
- 困窮に陥る日本の映画監督
要約
1本の映画をつくるためにかかる費用は、日本映画では、高いものでは数十億円、平均的には数千万円とされる。しかし、ひとつの映画会社だけでは製作費をまかなうことができず、配給会社やテレビ局、出版社など複数の企業からの出資を受けて映画を製作する「製作委員会方式」が日本の映画方式の主流となっている。
その結果として、現在、人気マンガやベストセラー小説などを原作とする映画作品が増え、映画作品の多様性は失われ、製作委員会としては、できるだけ確実なヒットを狙いたいという思いが強く、逆にいえば、「冒険する」「チャレンジしたい」「芸術的・アーティスティック」な作品は生まれないのだ。
事実、米国アカデミー賞を受賞する作品がアメリカや日本においてもヒットするとは限らないし、カンヌ映画祭などの主要な映画祭において賞を獲得した日本映画が、本国でもヒットするとは限らない。
そして日本では、非常に才能がある監督でも10年から15年に1本くらいのペースでしか映画を作ることができないという。
しかし、韓国映画界では、作品の興行収入の45%が劇場、残りの55%を出資者である映画の製作委員会と制作会社が6対4の割合で配分する。
監督が映画を通して何を伝えたいのか、その監督が1本の単体での作品や、監督人生においてどんなテーマを追っているのかは、今まで作品を撮ってきた数が多いほど伝わりやすい。
現状、日本においては、製作資金の関係で前述したように10年に1度しか映画を撮ることができない監督がほとんどで、そもそも評価としての作品が多くはない。
映画の制作と製作
映画業界における「制作」と「製作」の違いは、作品が仕上がるまでの各作業の工程を「制作」と呼び、企画から興行までの映画の全過程を「製作」と呼ぶ。
そもそも、「制作」とは本来、絵画や音楽といった芸術作品をつくることを指し示していた。それは、いわゆる「アーティスト」と呼ばれる人たちの仕事・作業だと思ってもらってよい。
さらには、記事や執筆をするライターや、近年でいえば、ポスターやWEBサイトをデザインするグラフィックデザイナーなど、「クリエイター」と呼ばれる人たちの仕事も該当するそこには、アイデアや表現力、デザイン性が求められる作業が多い。
一方、製作とは、工業製品や精密機械、器具などをつくることを指していた。映画の世界では、シナリオを書いたり、カメラを撮ったり、楽曲をつくことは、「制作」にあたる。他方、セットをつくったり、衣装を用意したり、俳優にメイクをする行為は「製作」だ。
ただしより広い意味になると、映画のための資金調達や完成した映画の配給の作業や協力、宣伝を行うことも、「製作」に含まれる。
「製作会社」「配給会社」「興行会社」
現状、国内の邦画市場は、東宝、東映、松竹の大手3社、いわゆる「邦画メジャー」が大きな力を持っているが、ここ数年はその中でも東宝が一歩抜きん出ている状態だ。さらにそれに付随して、系列劇場(シネコン)をそれぞれ展開している。
そして、日本独特の特徴として、邦画メジャー3社は、いずれも一つの会社や系列会社で、「製作」「配給」「興行」のすべての役割を担っていることにある。つまりは、自社で製作した邦画を自社で配給し、自社の系列劇場で上映している。
ただ、これは日本独自の特徴だ。アメリカでは法律により、「製作・配給」と「興行」は別々の会社が運営しなければならない。つまり、兼業が禁じられている。
ハリウッド映画製作の歴史
もともと、ハリウッドでも兼業が普通であった。歴史を遡れば、ハリウッドは第1次世界大戦後の1920年代から30年代にかけて急成長を遂げ、第2次世界大戦直後まで、黄金期があった。