新型コロナウイルスの感染者が再び増加傾向にあるなか、オミクロン株の新たな派生型であるEG.5、通称「エリス」と呼ばれる変異株が話題となっている。
エリスとは、ギリシャ神話の中に出てくる不和と争いの女神のことであり、SNS上で名づけられた。
EG.5は、2021年11月に初めて登場したオミクロン株の新たな派生型であり、2023年2月17日に初めてインドネシアで報告。
EG.5はオミクロン変異株XBB.1.9.2から変異しているが、XBB.1.9.2と異なるのはウイルスの表面から突き出たスパイクタンパク質に1つ変異がある点だ1。
東京大学医科学研究所の佐藤佳氏らによる予備的研究では、EG.5.1がXBB.1.5よりも約20%強い感染力をもつと査読前論文で発表されてある。
また、WHO(世界保健機関)は、EG.5をVOI(注目すべき変異)に指定。WHOによると、EG.5は2023年8月8日時点で、50カ国以上で確認されており、とくにアメリカでの派生型としては急速に感染が広がっている。
さらに、CDC(アメリカ疾病予防管理センター)の推計によると、現在のEG.5感染者の割合は約17%とのこと。日本においても、東京都の資料によると、7月最終週の時点でEG.5が主流株になっており、EG.5の割合は感染者の28%。
なおEG.5の重症化リスクについては、WHOの報告書でも、
「EG.5は有病率の増加、成長優位性、免疫逃避性を示しているが、重症度の変化は報告されていない」
と現時点では記載されてある。
また、WHOは最新の検証において、このEG.5と、これに非常に近しいEG.5.1などの変異株を含めている2。
イギリス健康安全保障庁(UKHSA)によると、病院での新型ウイルス検査では現在、7件に1件の割合でEG.5.1が見つかっているとのこと。
エリスについて分かっていること
イギリス健康安全保障庁(UKHSA)のミーラ・チャンド副ディレクターは、EG.5.1のような新変異株の出現について、
「予想されていないことではなかった」
3
と話す。
「EG.5.1は、国際的にもイギリスでも拡大し続けたので、2023年7月31日に変異株として認められた。これによって、我々は通常の監視プロセスの中でこの変異株をモニタリングできるようになった」
3
EG.5は米国でも感染者が増加傾向。米疾病対策センター(CDC)の予測によると、EG.5は他のオミクロン株の亜系統をわずかに超えて流行している状況だという。
またWHOは、現在手に入る証拠からは、エリスがほかのVOI(注目すべき変異)と比べ重症化するという示唆はなく、リスクも同程度だと正式に述べている。
一方、いくつかの研究ではほかの変異株よりも簡単に免疫を突破する可能性が指摘されている。しかし重症化リスクはとくに変化はないとのこと。
世界中で、夏季休暇あけで学校や大学が再開するなか、各国の専門家はエリス株を引き続きモニタタリングし、その影響を検証している。
WHOによると、エリスはこれまでに中国、米国、韓国、日本、カナダ、オーストラリア、シンガポール、英国、フランス、ポルトガル、スペインなど51か国で感染が報告されている。
エリスは、オミクロンウイルスの変異であるBA.2から分かれたもので、36カ所で突然変異が起きたことが確認された。ただ、突然変異が多く発生すると、既存のワクチンがまともに作用しなくなる可能性も4。
米ABCは、専門家らが、実験室で確認された事例は多くないとはいえ、3大陸で相次いで確認されたという点でこの変異の伝染力が強く、すでに多くの感染事例が存在する可能性もあるという懸念を述べたと報道する。
症状
現時点で米CDCで挙げられている新型コロナの代表的な症状は以下の通りだ。
・発熱または悪寒
・咳
・息切れまたは呼吸困難
・倦怠感
・筋肉痛や体の痛み
・頭痛
・味覚嗅覚の喪失
・喉の痛み
・鼻づまりや鼻水
・吐き気または嘔吐
・下痢
一方、専門家らはエリスでとくに新しい症状が出たという証拠はないとする。ただ、ほかの変異株と同様、エリスによる重症化のリスクは、高齢者や大きな基礎疾患を抱える人々が最も高い3。
そのため、イギリス健康安全保障庁はワクチン接種が、
「今後の感染の波に向けた最上の防御だ。自分が接種可能になった段階でできるだけ早くワクチンを打つことが、今なお重要だ」
3
と指摘する。
また、イギリス健康安全保障庁の専門家は、定期的な手洗いと、呼吸器疾患の症状がある場合は可能な限り他人に近づかないことを推奨している3。
他方、米国ではエリスが急拡大し、CDCによると、8月5日までの1週間のコロナ入院患者数は約1万人にのぼった5。前週比14%増であり、4月上旬以来の多さだった。
米政府が5月に新型コロナ流行にともなう非常事態宣言を解除する前の水準に戻った形だ。米国ではコロナの入院患者数は、年初をピークに減少に転じていたものの、6月半ばを境に増加に転じた。
エリスは感染全体に占めた割合は、5月上旬の1%程度から8月上旬には約2割を占めるにいたる6。重症化リスクは低いとされるが、感染力は強いという。専門家は手洗いなど基本的な対策の強化を呼びかけている。
米国では5月に非常事態宣言が解除されて以降、自宅などで検査をする人が減った。また、州によっては感染状況の報告の仕組みも異なるため、正確な感染者数は分かっていない。
ワクチン
エリスの出現は、新しいタイプのワクチン接種の可能性を促している。ファイザー/ビオンテック、モデルナ、ノババックス各社は、「XBB.1.5」を含む派生型を対象に改良したワクチンを製造している。
EG.5はXBB.1.5と似ているが、このワクチンが標的とするスパイクタンパク質に1カ所の変異が見られる7。
XBB.1.5は昨年終盤に出現し、CDCの推計では、8月5日時点でなお新型コロナウイルス感染者の10%以上を占めている。
CDCのコーエン所長は最近のインタビューにおいて、米国で9月の第3週か第4週までには新しいワクチンが幅広く利用されるようになるとの見通しを示す。ただコーエン氏は、EG.5向けの特別な対策は示していない8。
しかしながら、
「ウイルスは変異しているが引き続きワクチンや治療薬に反応し、検査で抽出される。したがってわれわれが持つあらゆる手段は依然として変異にも有効に作用する」
8
と述べ、ワクチンの有効性を訴える。
アメリカのバイデン大統領は20日、新型コロナの新たな感染の波に対応するため、米国民全員に今秋のコロナワクチンの追加接種を促す方針を明らかに9。
ワクチン製造各社の新派生型に対応したワクチンは米欧当局の承認が得られれば、秋の接種に向け数週間内に提供可能になる見通しだ。
米バイオ医薬品会社ノババックスは22日、次期の新型コロナウイウルスワクチンが小規模な動物実験で、エリスなどオミクロン株から派生した新たな変異ウイルスに対し、免疫反応を引き起こしたと発表10。
なお、有効性については米モデルナとファイザーと提携先の独ビオンテックのワクチンからも示されている。
- Medical DOC「新型コロナの新たな派生型「エリス」感染広まる、日本含む50カ国以上で確認」2023年8月22日、https://news.yahoo.co.jp/articles/9bd92d4ad5c55af79f4f1a92553cdae30b96a79f?page=1
- BBC NEWS JAPAN「【解説】 新たな変異株「エリス」、何が分かっているのか 新型コロナウイルス」2023年8月17日、https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-66530312
- BBC NEWS JAPAN、2023年8月17日
- シン・ギソプ「突然変異が激しいコロナ変異株、3大陸で登場…緊張高まる」the hankyoreh、Yahoo!ニュース、2023年8月21日、https://news.yahoo.co.jp/articles/9a43c1fc8d306f78128dfa63b262215d59168eb5
- 日本経済新聞「コロナ派生型「エリス」、米国で感染拡大 入院1万人超」2023年8月16日、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN14B6S0U3A810C2000000/
- 日本経済新聞、2023年8月16日
- REUTERS「オミクロン株派生型、通称「エリス」が急拡大 感染力やワクチンは」Yahoo!ニュース、2023年8月15日、https://news.yahoo.co.jp/articles/448263750b900ee42cad6e97ac9ce0a3edb35004
- REUTERS、2023年8月15日
- REUTERS「バイデン政権、米国民に新たなコロナワクチン接種促す方針」2023年8月21日、https://jp.reuters.com/article/coronavirus-usa-biden-idJPKBN2ZW016
- REUTERS「米ノババックスの次期ワクチン、動物実験でオミクロン新派生型に有効」2023年8月23日、https://jp.reuters.com/article/health-coronavirus-novavax-idJPKBN2ZY054