TOHOシネマズが独占取引法違反の疑いで調査 ハリウッドとの商習慣の違いと今後の見通し

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Claudia DewaldによるPixabayからの画像

 「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」の歴代興行収入1位、ならびに「映画『呪術廻戦0』」がヒットする日本映画界、及びこれらの作品を配給する東宝において、水を差すニュースが飛び込んできた。

 公正取引委員会が、東宝の子会社である「TOHOシネマズ」に対し、独占禁止法違反の疑いで調査を行なっていることが判明。

 TOHOシネマズは取引を行う配給会社に対し、有利になるよう優先的な配給などを求めた疑いが持たれた。また、他社の映画館を運営する会社に作品を配給しないよう要請、これに応じない場合は取引をしないことまで示唆した可能性もあるという。

 公正取引委員会は、このような行為が他社との取引を妨害し、独占禁止法の「私的独占」や「条件付き取引」に当たる判断、調査に乗り出した。東宝側も4日、今月3日から公正取引委員会の調査を受けていることを明らかに。「調査に全面的に協力する」とのコメントを発表した。

 独占禁止法とは、公正かつ自由な競争を促進させることを目的とする法律。これにより、事業者は自主的な判断で自由な経済活動ができる。

 このようなことが正しく機能していれば、自業者は創意工夫により、適正な価格かつ優れた商品を消費者に届けることができ、売上高を伸ばすことができる。

 消費者は、自分にあった商品を選択でき、かつ事業者の間での競争が適正に促されることにより、消費者の利益も最大限に確保されることとなる。このような考え方は、「競争政策」と呼ばれる。

 このうち、「私的独占」とは事業者が他の事業活動を排除、支配することにより、実質的に制限すること(独占禁止法2条5項)だ。

 「条件付き取引」は、「拘束条件取引」ともいい、事業者が相手の事業活動を不当に拘束する条件を付けて取引をしてはならない、というもの。

 一部ではディズニー作品をめぐる問題が背後にあるという声があるが、しかし他社の映画館を運営する会社にまで作品を配給しないよう要請していたとなれば、かなり悪質であり、歪な日本の映画業界の長年の構造を物語るものだ。

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日本の映画業界は東宝の独壇場

 独占禁止法の疑いを持たれる前に、そもそも日本の映画業界は東宝の独壇場が続いている。

 現状、分かる範囲で東宝の売上高は1919億円(2020~2021年)でトップ、市場シェアは32.7%と、以下、東映(1079億円・18.3%)、東北新社(528億円・9.0%)、松竹(524億円・8.9%)を大きく引き離す。

 ただ、その東宝が持つ”コンテンツ”のパワーだけみれば、その強さは圧倒的だ。

 昨年2021年の邦画の興行収入トップ10のうち4位「「ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”」45.5億円(松竹)、5位「東京リベンジャーズ」45.0億円(ワーナー・ブラザーズ)と6位「るろうに剣心  最終章 The Final」43.5億円(ワーナー・ブラザーズ)、8位「 花束みたいな恋をした」38.1億円(東京テアトル / リトルモア)を除き、すべて東宝作品が占めた。

1. 「シン・エヴァンゲリオン劇場版」102.8億円(東宝 / 東映 / カラー)

2. 「名探偵コナン 緋色の弾丸」76.5億円

3. 「竜とそばかすの姫」66.0億円

7.「新解釈・三國志]」40.3億円

9. 「マスカレード・ナイト」38.1億円

10. 「僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ワールド ヒーローズ ミッション」33.9億円

 ここ数年、不調に終わっている洋画にいたっても、

1. 「ワイルド・スピード/ジェットブレイク」36.7億円(東宝東和)

2. 「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」27.2億円(東宝東和)

3. 「ゴジラvsコング」19.0億円(東宝)

4. 「モンスターハンター」12.5億円(東宝 / 東和ピクチャーズ)

5. 「エターナルズ」12.0億円(ディズニー)

と、トップ5のうち、5位の「エタ―ナルズ」を除き、「ゴジラ」シリーズを東宝単体で配給する場合を除き、東宝の子会社である東宝東和の作品により占められる。

 この状況を、「淵に立つ」で16年の今年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査賞を受賞した深田晃司監督は、「キネマ旬報」2016年10月下旬号(キネマ旬報社)のなかで、以下のように語っている。

 この状況は客観的に見ても異常ではないか。もちろんそこに東宝の企業努力、作品の力がまったく無関係であるとは言わないが、しかしこの圧倒的なシェアを生み出すのに、東宝が誇る「国内最強の興行網」たるTOHOシネマズを擁する構造的優位は当然無関係ではない。

 「東宝1強」のあり様は、歴代興行収入ランキングにも表れている

1.「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」東宝/アニプレックス・2020年10月16日公開

2.「千と千尋の神隠し」東宝・2001年07月20日公開

3.「タイタニック」FOX・1997年12月20日公開

4.「アナと雪の女王」ディズニー・2014年3月14日

5.「君の名は。」東宝・2016年8月26日公開

6.「ハリー・ポッターと賢者の石」ワーナー・2001年12月1日公開

7.「もののけ姫」東宝・1997年7月12日公開

8.「ハウルの動く城」東宝・2004年11月20日公開

9.「踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」東宝・2003年7月19日公開

10.「ハリー・ポッターと秘密の部屋」ワーナー・2002年11月23日公開

と、邦画作品のすべてを東宝が占めることになった。

ハリウッドにおける事情

 ただ、今回の東宝とTOHOシネマズのような関係は、ハリウッドではあり得ない。なぜなら、ハリウッドでは映画会社が映画館を所有することがないためだ。

 ハリウッド映画は、第1次世界大戦後の1920年代から30年代にかけて急成長を果たし、その黄金期は第2次世界大戦直後まで続いた。

 発展していくアメリカの映画産業は、以下の特徴があった。「ビッグ・ファイブ」と「リトル・スリー」と呼ばれる大手8社による実質的な支配が確立。

 ビッグ・ファイブと呼ばれる5社は、パラマウント、20世紀フォックス、ロウズ・エムー・エム、ワーナー・ブラザーズ、アール・ケイ・オー・ラジオ・ピクチャーズ。

 これらは、ハリウッドに拠点を構え、自前の映画館を有し、製作・配給・興行をすべてにおいて“垂直統合“により行う。

 30年代後半には、これら5社が製作・上映した映画は、1社あたり年間40本から60本、全体でも半数に達していた。系列の映画館においても、当時全米にあった約23000の映画館のうちシェアは13%ほどにとどまっていたものの、最も利益が上がる封切館の65%を傘下に治めていた。

 リトル・スリーと呼ばれる3社は、ユニヴァーサルとコロンビア、ユナイテッド・アーチスツが当てはまる。

 これら大手の8社は、相互的補完的に市場を寡占。1社単独では映画製作・配給・興行のいずれも独占はしていなかったものの、最も質の高いA級映画の製作や封切館のような利益が上がる部門を掌握。

 具体的には、5社ともに映画館が特定の地域に偏っており全米を網羅していないものの、地域を選んで共同で映画館を経営したり、系列館がない地域では、他社の映画館に委託して全国で興行を行ったりしていた。

 このことにより、1社がヒット作を出すと、その利益が各社に均等に分配される仕組みを築いていく。

 ただ、この仕組みが50年代に崩れていく。連邦政府の反独占政策に伴う、二度の「パラマウント判決」によるものだ。これにより、大手の5社は映画館の共同所有ができなくなり、最終的の映画館に当たる興行部門を切り離していった。

今後の日本映画業界の見通し

 今回のTOHOシネマズに関する独占禁止法違反の疑いが日本映画業界に与える影響は不明だ。ただ、商習慣を含め、業界のあり方に何らかの変化を及ぼすことは間違いないだろう。

 とくに昨年、2021年はディズニー作品をめぐる問題が大きかった。コロナ禍という特殊な状況とはいえ、ディズニーの作品が劇場での上映と同時に「Disney+」によりインターネットで同時配信。

 それを受け、ディズニーを敵に回すようにTOHOシネマズを含め、東映系のT・ジョイ、松竹のMOVIXなど大手シネコンチェーンでの上映が一切、なされなかった。日本だけでなく、ディズニーは世界的にネット配信に舵を切っているだけに、この状況は異様でもあった。

 また、そもそも「ハリウッド映画」というものは、米国の貴重な輸出品。映画産業による対立が、今後の経済面における新たな日米対立にまで発展しかねない。

 ディズニーだけでなく、近年はネットフリックスをはじめ、アマゾンプライム・ビデオ作品でのインターネット配信が当たり前になるにつれて、日米ともに映画館のあり方が問われている。

 他方、日本の映画産業は“内向き“なことも事実。東宝も、まず日本だけでの市場の寡占を目的に“日本市場で好まれる“映画だけを供給し、東宝作品は、「鬼滅の刃」や「呪術廻戦」などアニメ作品を除き、海外に輸出されることはない。

 ましてや、海外の映画祭で評価される作品を東宝が作り出した形跡はほとんどない。2009年にアカデミー外国語映画賞を受賞した「おくりびと」は松竹の作品であったし、今年、「おくりびと」に続き、アカデミー賞受賞間違いなしともいわれる「ドライブ・マイ・カー」も東宝が作ったものではない。

 繰り返すが、そもそも日本のような上映部門をもつ興行と配給・製作が一体となっている日本の映画業界の商習慣がいつまでも米国に“スルー“されるわけでもないだろう。

 かねて、日本の映画業界は“邦画優勢“であった。そのなかで、

 他社の映画館を運営する会社に作品を配給しないよう要請、これに応じない場合は取引をしないことまで示唆した可能性

まで、あり得るなら、この邦画優勢の状況が意図的はないにせよ「作られた」可能性だってある。今後の動向に要注意だ。

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